「近・現代文学研究会」 第95回(2007年5月)


   井上光晴 「書かれざる一章」  
 

 第九十五回目の研究会は、五月二十四日、文学会事務所において、井上光晴の「書かれざる一章」について牧梶郎氏に報告していただいた。
 日本共産党のいわゆる「五〇年問題」の時期に物議をかもした作品だけに、どのように報告されるか、興味津々のなか、報告者をふくめて九人が集まった。
 牧さんは四枚にわたるレジュメと資料を用意。まずインターネットのヤフーの検索数から、井上光晴は柴田翔、高橋和巳、野間宏などとともに若い世代からは忘れられた存在となっていることを語り、本題に入った。
 井上光晴の文学は「書かれざる一章」に出発し、日本共産党体験に基づいた作品群が目立っているが、それはしだいに衰弱してゆき、むしろ戦後の皇道思想体験を描いた「ガダルカナル戦詩集」や炭鉱や部落差別を描いた作品群などにみるべき作品があると指摘。
 「書かれざる一章」は戦争による疲弊から脱け出していない時代の共産党の常任活動家の生活苦を描き、生活を無視した革命運動の歪みという、それまで文学がとりあげなかった問題について、一定の普遍性と緊張感のある作品にした。しかし、主人公の観念・情念の空回りがあり、全体として女々しさに貫かれていること、党の内部にしか視線が及んでおらず、作品として狭いことなど、私小説的手法の限界を感じると批評した。
 また、党が専従者の生活問題などをとりあげた第十六回大会の議長報告などにも言及しながら、党派性と市民常識の乖離の問題は現在もまだ解決されていないという感想を述べた。
 参加者からは、犠牲をはらって党活動することが当然という時代を考えれば勇気あるすばらしい作品という意見や、作品の影響を危惧するという見方、報告者の「女々しい作品」という見方への共感など、さまざまな意見がかわされた。       
 
  (澤田章子)     
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