「近・現代文学研究会」 第85回(2005年9月) 


   島尾敏雄 「出発は遂に訪れず  
 

 第八十五回「近・現代文学研究会」は、島尾敏雄さんの「出発は遂に訪れず」をテキストに、九月十五日に開かれ、六名が参加しました。
 報告者の鶴岡征雄氏は、島尾さんの略歴、作品の舞台の「加計呂麻島」の地図と写真、特攻艇「震洋」の資料などをもとに、間近に会われたという作者の人となりに触れながら縦横に作品を解説され、「出孤島記」などを合わせ読むことも当時の状況をより深く味わうためには必要だろうと、その一部も朗読されました。
 終戦間際に出撃命令を受けた「震洋」特攻隊の隊長が、敵艦が現われなかったために虚しく長い二日間を過ごし、終戦の報を聞くこの作品が発表されたのは、作者の現体験から十七年も後のこと。そこには、手放しで終戦を喜ぶわけにはいかず、その報を部隊に伝え、穏便に武装解除させなければならなかった立場にあった作者の複雑な思いがあり、後に妻となる現地の女性との密会の場面を出すことも含めて、さまざまな配慮があったのだろうなどとの洞察に、参加者から共感する声が続きました。
 他に参加者からは、反戦の思いがよく伝わったという声と、それは特に意図したわけではないだろうという声、逢瀬の場面など唐突だし読みにくい所が多いという声と、矛盾に満ちた心理の描写など巧みで文章も味わい深いという声などが相半ばしました。
 ミホ夫人、それにふたりの二世も活躍されている。今も熱心なファンが多いという島尾さんの細緻な筆や極限の体験を偲び合った、六十年後の夏の終わりでした。
 
 
  (長居 煎)     
「近・現代文学研究会」に戻る



民主主義文学会とは行事案内月刊「民主文学」あゆみ新人賞手塚英孝賞新刊案内民主文学館支部誌・同人誌声明
問い合わせ文学教室創作専科土曜講座山の文学学校文学散歩若い世代の文学カフェ創作通信作者と読者の会リンク