つぼみの桜並木に面した南大塚の民主主義文学会事務所で、三月二十二日(木)に、例会を開き、大会まで一ヵ月余にふさわしく乙部宗徳さんを報告者として、新船海三郎「民主主義文学とは」(『小説の心、批評の目』の一番最後)をテーマに、参加者十四名(新船さんも参加)で、それぞれが民主文学発展への熱い思いを語り合いました。
乙部さんは示唆に富んだ内容豊かなレジメを用意して下さり、「考えたいこと」として三つの柱を提起しました。
一、これまでの“民主主義文学論”と比べてどこが新しいか。二、記述の中で深めたいいくつかの点(簡潔にまとめられている範囲で)。三、今、“民主主義文学論”をどう押し出していくのか(とりわけ第22回大会に向けて)。これは「民主主義文学とは」の三つの章に沿っており、どのような時代に「民主主義文学」を考えているのかという問題設定がなされていることを、わかりやすく解明し、「文学」そのものから説き明かそうとしている点と対比させながら、「文学は、いかに生きるべきかを語るものであり、いかに生きるべきかは、おのれの生存のみでなく社会をよりよくしようとする善意と努力のあらわれ」という筆者の指摘に、参加者は感動と「新しさ」を受け留めました。
討論では、「個人の営みの文学をなぜ運動としてやるのか」という第三の提起を軸に現代日本のなかで民主主義文学会に集う仲間どうしの励ましや切磋琢磨が賛同を持って話し合われました。作者と読者の位置、文芸評論の科学的意義など。乙部さんの「社会と歴史の認識を個人にとどめず、よりひろい客観のなかに求めていく」という助言もあり、大会に向け、そして大会でも大いに討論し、深めて行こうとの気持ちで家路につきました。新船さんから四十二年の歴史も一直線に進んで来た訳ではないとの話がありました。
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