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『民主文学』六月号は、五百号記念増大号だった。作者と読者の会が五月二十五日、文学会事務所で開かれ、記念号に掲載された稲葉喜久子「穴」と、森与志男「父の肖像」が取り上 げられた。司会は能島龍三氏、参加者は十名だった。
「穴」については、丹羽郁生氏から、作品の中に三つの穴が書かれていて、埋めることのできない心中の空虚さが描き出されていること、夫婦の会話や孫とのやりとり、さらに夫婦の出会いについて生き生きと描かれ、短い作品だがシンプルな構成で読者を引きつけ、最後の場面では、癌の告知を受けた夫と共にしっかりと生き続けることで穴は埋められることを読者に感じさせて終わる、とてもいい作品との報告がされた。表現については、丁寧さが求められる部分も見受けられると付け加えた。参加者からも、実生活に即していると思うがよく抑制されていて感動。感情に流されず小説の中を生きている。「こういう小説を読むために民主文学に入った」という感想もあったことも紹介された。
「父の肖像」については風見梢太郎氏から、作者、森さんの世界の広がりを感じたこと、父を一人の人間として客観的に見つめ直し生きることの意味を問い直す作品との報告がされた。また家族を描くことについての難しさが何点かにまとめられ報告された。
参加者からは、作品の父には強い存在感がある、世間から少しはみ出し、独自の倫理観があり、俗物的な人間としての父への主人公の軽蔑と尊敬の両面が描かれたとの意見があった。作中の父の女性観についても「私の父も同じような人間だった」と、参加者が家族を見つめ直す発言もあった。
今回の作者と読者の会には、残念ながらそれぞれの都合で、作者は出席できませんでしたが、五百号記念号にふさわしい真剣な合評がされました。
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