2021年5月に開かれた29回大会への幹事会報告です。
第20回以降の大会報告


 コロナ禍を乗り越え、強権政治に対峙する文学運動を       
  ──日本民主主義文学会第29回大会への幹事会報告──
                             報告者 乙部宗徳

はじめに

 第二十九回大会は、新型コロナウイルス感染症(COVIDー19)の世界的感染拡大(コロナ・パンデミック)のもとで開催される。
 一昨年の二十八回大会時には想像さえできなかったコロナ・パンデミックにより日本も世界も大きな苦境に陥っている。このコロナ禍のもとで、数十年間続いてきた新自由主義の害悪にとどまらず、資本主義がもつ本質的な矛盾が露呈し、この国における医療、保健衛生、雇用、教育など社会全体がいかに脆弱なものになっていたかを白日のもとにさらした。アメリカの著名な著作家レベッカ・ソルニットは、昨年の『文藝』秋号で、今の資本主義は「十九世紀の悪徳資本家の資本主義が復活」している状態であり、コロナの「危機の前から何十億もの人々にとって日常生活はすでに災害になっていた」ので「なんらかの形のポスト資本主義を主張していかねばならない」と述べていたが、この指摘はレベッカだけにとどまらない。この社会をいつまでも続けさせていいのかという問いとして広がっている。
 コロナ・パンデミックは、感染と死者数の広がりはもちろんだが、得体の知れない、終息の見通せない性状によって私たちの生活と意識に多大な影響を与え続けている。以前から続いている貧困と格差の拡大がコロナ禍のもと加速的に進行し、とりわけ非正規労働者や女性たちに深刻な事態が生じている。こうした地球規模で広がる危機的な状況に対して、文学は、どのように向き合っているだろうか。それは単にコロナ禍の状況を描出することではない。文学に携わるものとして、脆弱さが露わになったこの国の現実を前に、命の尊さを誰もがあらためて思わざるをえない日々の中で、文学に対する自らの姿勢を根本的に問い直さなくてはならないのではないか。この大会の第一の課題は、ここに導き出される。資本主義体制そのものが問われているこの時代に立ち、どのように創造・批評活動を展開していくべきか、改めて問い直し、今日を起点とする文学運動の新たな課題を明確にすることである。
 コロナ・パンデミックが、昨年来、文学運動に与えた負の影響は小さくない。それに加えて構成員の高齢化が進んでおり、雇用の非正規化の進行や増税等による収入減の影響なども含め、文学会の組織は、創立以来かつてなかった危機的状況にある。私たちの文学運動は、日本文学の価値ある遺産、積極的な伝統を受け継ぎ、全国誌『民主文学』を中心において半世紀以上にわたり、社会と人間の真実を描く創造・批評活動を続けてきた。人間はいかに生きるべきかを問い、人間と社会や時代とのかかわりを見つめる創造・批評のあり方は、近代文学の積極的遺産を真に受け継ぐものである。また全国に九十近くある支部では、書き手は日々の創作と毎月の作品合評を通じて文学を学び、さらに支部誌を普及する過程で、読者から新たな文学創造の重要な活力と刺激を得ている。支部誌の普及は地域で文学を語り合う場をつくることでもある。毎年各地で、累計二万部以上の支部誌が刊行されて読者に届けられている。これらは、私たちの文学運動が現代の日本文学の重要な構成部分になっていることを示すものである。この貴重な文学運動の灯を、何としても守らなくてはならない。大会の第二の課題は、長く続くことも予想されるコロナ禍のもとで、文学運動の組織を維持しいかに発展させるかということである。
 この第一の創造・批評の課題と第二の組織建設の課題は密接に結びついている。大会での創造・批評と組織課題の発展を目指す議論を、ぜひとも活発なものにして、全国の構成員が気持ちを一つにして実践に踏み出す、その第一歩にしようではないか。

1.今日の情勢をどう見るか 

 この二年間、世界でも日本でも、人間が誰でも等しく自由に生きる権利、人権とそれを保障するための民主主義を求める側とそれを阻み抑える権力との間で対立が激化している。
 二〇一七年の国連会議で採択された核兵器禁止条約を批准した国・地域が五十を超え、一月二十二日発効という画期的進展が起きた。広島・長崎の被爆者をはじめ、「核兵器のない世界」を求める世界の圧倒的多数の政府と市民社会が共同した歴史的な成果である。ところが日本政府はこの条約に背を向け、核兵器保有国と非保有国の「橋渡し」をすると繰り返し、実際は核保有国の代弁者という恥ずべき役回りを演じている。唯一の戦争被爆国・日本こそが、核兵器禁止条約に署名・批准し、その先頭に立つことが求められている。
 二〇二〇年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で、スウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリが、世界が産業革命時点からの気温上昇を一・五度以内に抑えるために「今すぐに行動を」と訴えたが、「一・五度」以内を求める若者の運動は世界的に広がり、日本でも高校生、大学生などに広がってきている。
 アメリカ大統領選挙で国民の分断を扇動し、アメリカ・ファーストを進めてきたトランプ大統領に対して民主党のバイデン氏が新しい大統領に就任した。そこには「ブラック・ライブズ・マター」の運動の広がりも大きな影響を与えた。アメリカの抱える分断と対立はなお深いが、アメリカ社会に混乱と不安を引き起こした大統領を引きずり降ろしたことには大きな意味がある。この流れはトランプ陣営によるさまざまな政権移行への妨害活動を乗り越え前進している。バイデン政権の今後は未知数だが、アメリカの民主主義と民衆の運動の重要な成果である。しかし、対日関係では辺野古新基地建設を継続するなど、アメリカを中心とする軍事同盟網の「再強化」などには引き続き警戒する必要がある。
 中国では、香港や新疆ウイグル自治区における人権侵害が国際的な問題となり、ミャンマーでは軍事政権のクーデターで、国民の平和的な抗議に対して軍が殺傷兵器を向けるという事態になっている。文学会は、自由と民主主義を求めて行動する人びとへの支持を表明するとともに、弾圧をゆるさない国際的な取り組みと日本政府の積極的な役割を求めていく。
 日本ではコロナ感染拡大の「第三波」「第四波」によって医療崩壊の危機が現実のものとなり、事業と雇用などの困窮も深刻になっている。ところが菅政権の対応は無為無策というほかはないもので、積極的な感染拡大防止の戦略をもたず自治体まかせを続け、事業と雇用を守る直接支援にもおよび腰である。そもそも安倍政権に替って誕生した菅政権は「自助、共助、公助」の方針で、国の責務を自助に置き換え、破綻が明らかになっている新自由主義の暴走をさらにおしすすめようとしている。島田雅彦は「自民党と官僚と特定企業が三つ巴で利権を形成し、株式会社日本政府を形成しているのがいまの日本です。株式会社は利潤追求が至上命令です。政府は『経済を回す』という言い方をしますが、オリンピックや『GO TO』など自らの利益になるイベントを最優先し、感染拡大して防止対策は二の次になっているのです」(「しんぶん赤旗」一月四日付)という批判の声を挙げている。また日本近代文学専門の日比嘉高が日本のパンデミック小説の系譜を読み取りながら、「感染症への恐怖がたやすく愛国心や排外主義を呼び寄せるという事実を噛みしめるべきだろう」(『すばる』二〇二〇年九月号)という指摘をしていることも重要である。「自粛警察」の動きなどもまたこの指摘に重なるだろう。
 日本学術会議の新会員の任命拒否問題は菅政権の強権政治をあらわにしている。任命拒否に対して九百五十を超える学会やさらに宗教者、労働組合など多くの団体が抗議声明をあげている。民主主義文学会は「今回の問題を国民全体に加えられたファッショ的暴挙として断固抗議する」声明を第四回幹事会の名で出した。理由を示さないままの任命拒否の危険ははかりしれない。それは学問の自由を侵害するだけでなく、日本社会全体に萎縮をもたらし、言論・思想・良心の自由を侵害するものとなっているからだ。菅首相は、憲法一五条一項を曲解して任命拒否を合理化しているが、これは首相独裁国家、全体主義国家への転落の危険をはらむ暴論である。
 森喜朗東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の女性蔑視発言には、国民的な批判が高まり、森会長は辞任に追い込まれた。五輪開閉会式の演出での容姿侮辱、テレビ番組でのアイヌ民族差別など、日本社会における人権意識の弱さを示すとともに、排外主義的な傾向も生まれている。
 菅内閣の支持率は軒並み急落している。どの世論調査でも菅政権のコロナ対応を「評価しない」という答えが六?七割に達している。さらに「桜を見る会」前夜祭での費用の補填の事実が明らかになり、安倍前首相や当時官房長官であった菅氏の国会での答弁が虚偽であったことが明白になった。自民党議員による「政治とカネ」、官僚への利害関係者の接待の問題もいっそう深刻になり、それらへの説明責任を放棄し、国民に向かって語る言葉を持たない首相の姿勢に、国民の批判が高まっている。こういう中、年内には必ずおこなわれる衆議院選挙で、市民と野党の共闘によって、この菅政権の打倒と政権交代が追求されるという、かつてない激動の情勢となっている。その際、「改革勢力」という幻想によって大阪を中心に一定の支持を集めている維新の会の反民主主義、地方自治破壊の実態を明らかにすることも重要である。
 第四回幹事会報告では次のように強調した。「世界でも、国内でも、民主主義の大きなうねりが起きている一方、それに逆行する流れもある。この鋭い対立の中で、社会と人間の真実をとらえることを追求してきた民主主義文学運動の役割を改めて自覚し、この時代を生きる人々にどういう言葉を届けるか、共同の探究を進めたい」
 文芸誌上で見ると、日本の文学者による今日の現実を直視し掘り下げ批判する発言は少ない。「同時代の政治に対する言及や思考の回避が、日本の〈ポストモダン文学〉の最大の特徴」(中俣暁生『失われた「文学」を求めて』つかだま書房)という側面とともに、日本の文学が従来から抱える現実への批判の精神の脆弱さがますます顕著になっていると見ることもできる。民主主義文学運動の果たす役割は大きくなっている。
 
2.日本文学の動向と民主主義文学運動

(1)日本文学の動向をどう見るか 
 日本文学は作家が政治社会状況を批判的に描く姿勢が弱いと言われてきた。その流れはコロナ禍においても、大きくは変わっていない。しかし、少なくない文学者が、それぞれの形で向き合おうとしていることも、この間の特徴としてとらえることができる。『文藝』二〇二〇年夏号で、アジアの作家たちの寄稿を求め、コロナ流行に対するさまざまな国や地域の対応についての論考を掲載した。その後もいくつかの文芸誌では、コロナ禍についての発言がみられるようになった。文芸誌では二〇二〇年六月号から、新型コロナの感染を反映した作品が登場し始め、たとえば笙野頼子は「引きこもりてコロナ書く」(『群像』二〇二〇年十月号)で、作者自身の生活の変容とあわせてコロナ禍のもとでの日常を、「阿鼻内閣」などの呼称を用いて現政権のコロナ対策への批判を徹底的に諷刺をこめて描き出した。また、カミュの「ペスト」をはじめとする、過去のパンデミックを社会とのかかわりで描いた作品にあらためて注目が集まっているが、それがほとんど海外の作品であり、日本の作品としては〈スペインかぜ〉の流行を題材とした志賀直哉の「流行感冒」が歴史家の磯田道史によって注目された程度にとどまっている。ここには個人の生活や日常の事象を描く身辺小説、心境小説、あるいは私小説的風土において、政治社会批判に向かわなかった日本文学の傾向が現われている。コロナ・パンデミックは、間違いなく社会全体に影響を与えているものであり、また政治行政の対応能力の無策ぶりへの批判を抜きには描き得ない。今日のコロナ禍のもとに立ち現れた現象を正面から描き出すとすれば、日本文学が変わる大きな転機となる可能性がある。これを機に文学の新たな地平を切り拓こう。
 一方で、ジェンダー問題に関しての問題提起がひろがってきていることは、注目してよいことである。山崎ナオコーラの『肉体のジェンダーを笑うな』(集英社)に収められたいくつかの作品や、松田青子『持続可能な魂の利用』(中央公論新社)などではジェンダー平等問題に関しての問いかけがあり、この問題の追求は、『文学界』の新人賞受賞作品である三木三奈「アキちゃん」(二〇二〇年五月号)が、自分の性別に違和感をもっている小学生を登場させたような性的多様性の問題とともに、これまでの文学にはなかった新しい流れをつくりつつある。温又柔『魯肉飯のさえずり』(中央公論新社)や李琴峰『星月夜』(集英社)のように、植民地支配の問題と関連させて、近代という流れの中でジェンダー問題を考えさせる作品も生まれている。韓国でベストセラーになった『82年生れ、キム・ジヨン』(筑摩書房)が日本においても多くの読者から共感を得ることになり、フェミニズムを特集した『文藝』(二〇一九年秋号)が増刷を重ね、単行本としても刊行されたことも、この流れの上に位置づけることができる。
 また、第二十八回大会では、「国語教育の動向に危惧し、文学教育の重要性をうったえる」という決議が採択された。新しい学習指導要領において、〈実用的な文章〉の理解が重視される中、国語教育における文学のありかたを問いかけるものであった。いくつかの文芸誌でもこの問題が特集として取り上げられ、伊藤氏貴たちが他分野の専門家との対話の中で、文学のもつ重要性をクローズアップさせることもあった。コロナによる学校の一斉休校が行われたり、いくつかの都府県に緊急事態宣言が発出される中で大学入試が行われたりするなど、大きな変動の中で迎える今後の国語教育の問題は、関心を持ち続けなければならないものである。
 第二十八回大会は、明仁天皇の退位による〈代替わり〉の直後に開かれた。日本国憲法のもとでの〈生前退位〉という初めてのできごとと、それに伴う現象は、天皇の制度のありかたへの議論も含めて、日本社会のもっている古い体質もあぶりだした。それに対しての、文学の側からの異議申し立ては、社会の状況に直接切りこもうとする作品を生み出している。島田雅彦は『スノードロップ』(新潮社)で、〈皇后〉が匿名でネット空間に意見を表明していくという設定で、政権のありようへの批判を形象化した。歴史的な問題については、アイヌの青年とポーランド人流刑囚を通して明治政府の民族同化政策を批判的に描いた川越宗一『熱源』(文藝春秋)が直木賞を受賞したように、また、柳広司『アンブレイカブル』(KADOKAWA)は、小林多喜二、反戦川柳作家・鶴彬、哲学者・三木清らを題材に、治安維持法による罪状捏造に走る官憲の立場から描き、それに屈しないで闘う人々の生き様を見て、権力側の人物が変化していくことを描くなど、エンターテインメント分野でも追究が行われている。村上春樹も、エッセイではあるが『猫を棄てる 父親について語るとき』(文藝春秋)において今まで書くことのなかった父親の戦場での体験を記し、戦争が人間に強いる狂気への関心を示した。作家に〈倫理的な規制〉がかけられ、傾向のよくない作品を書くとみなされた作家が〈療養所〉に軟禁されるという桐野夏生『日没』(岩波書店)の設定は、権力によって〈同調圧力〉が強いられる社会が今後全くありえないとは言い切れない不気味な状況にあることを諷刺的に描き出すためにほどこされたものである。二〇二〇年には古井由吉、大城立裕、佐江衆一と訃報が相次いだが、いずれも戦争の記憶と正面から向き合う作品を遺した作家であった。
 二〇二一年は、東日本大震災と福島原発事故から満十年となる。表面的には鉄道の開通などの復興のしるしは見えているが、それがそこに住んでいた人たちの生活をどのように変容させていったのかの追求も、引き続き文学の課題として存在している。いとうせいこうは『福島モノローグ』(河出書房新社)で、福島にかかわった女性の語りにこだわりながら、この十年間の動きを追いかけている。南相馬市に生活の本拠をおき、現地の高校演劇部と共同の活動を行っている柳美里の、福島から上京する人物を主人公とした『JR上野駅公園口』(河出書房新社)が全米図書賞を受賞したのも、その流れのものとしてとらえることができるだろう。古川日出男が福島を歩くルポルタージュ『ゼロエフ』(講談社)でとらえた現実の姿は、「復興」には何をしなければならないのかを問うている。木村紅美は「あの子が石になる前に」(「しんぶん赤旗」連載)では、放射能汚染を恐れる母親によって沖縄の先島地域に〈避難〉させられた中学生が大学生になってあらためて沖縄の現実に触れて、中学時代の夢ともみえる体験が現代につながっていると認識する。コロナ禍の予兆を示している二〇二〇年はじめの現実と重ね合わせて描き出すことで、この十年間の社会のゆがみが個別の切り離された事象として存在するのではなく、底流としてつながっていることを示した。高橋弘希の「風力発電所」(『新潮』二〇二一年一月号)は、青森六ヶ所村の現実にきりこみ、震災前も今も、東北地方がおかれている状況に変わりがないことを暗示的に描いた。
 こうした、個々の作家たちの試みは現実への多面的なはたらきかけではあるが、それが文学状況全体のものとなっているとは言えない。遠野遥の芥川賞受賞作『破局』(河出書房新社)が描く現代の若者の姿に作者の批評の眼がはたらいていないように、新進の作家たちが社会の現実に対して向き合おうとする意欲はきわめて希薄だと言わざるを得ない。『文藝』が二〇二〇年冬号で遠野も含めた一九九〇年代生まれの若い書き手たちへのアンケートを主とした特集を組んでいたが、過去の文学遺産をきちんと認識し、それを受けつごうとする意識が、かれらの回答からは見えにくい。『推し、燃ゆ』(河出書房新社)で芥川賞を受賞した宇佐見りんも含め、こうした作家たちをその若さや華やぎをクローズアップして売り出そうとする出版側の意図のうちに、文学を商業主義的に扱おうとする動きが根強く存在することを軽視するわけにはいかない。また、二〇二〇年が三島由紀夫没後五十年ということで、いくつかの文芸誌が特集を組んだが、そこでは三島の自死とクーデター計画とのかかわりについての考察が十分に深められているとは言い難い。第二十八回大会で指摘した「政治社会批判を回避する状況」は、こういうところにも現われている。
 私たちは、コロナ危機と強権政治のもとで、日本の作家がどのように創造を進めているかに注目しながら、共同の可能性を追求していく必要がある。

(2)民主主義文学の創造の成果と課題 
 こうした日本文学の中で、その一構成部分である民主主義文学は、社会の厳しい現実と格闘しつつ、新たな展望を見出そうとする人間たちを描いてきた。
 田島一「閉ざされた日から」は、コロナ禍の文学運動の危機的状況を文学団体の長である小説家を主人公として描いた。上村ユタカ「偽物」がオンラインでしか繋がらない学生生活で現実世界に懐疑的になる新入生を描き、青木資二「オンライン」は、オンライン授業のためのネット環境を整えられない家庭の貧困をシングルマザーに託して描いた。これらはコロナ禍の現実に向かい合おうとする大事な試みであった。
 作者の過去に主題を求め、時代の抱えた問題や作者に近い主人公の生き方を考えた作品として、工藤勢津子『雨霽れよかし』(本の泉社)、草薙秀一『大阪環状線』(新日本出版社)がある。前者は六〇年代末からの映画産業の斜陽化を背景に映画の製作現場を描きつつ、労組の書記から健保組合の常務理事までを経験した女性が、年月が評価を定めるような難しい事態に退職まで立ち向かい続け、一点愧じざる生き方の難しさを思いつつ、新たな生に挑んでいく姿を描く。後者は、やはり六〇年代、在日朝鮮人たちが多く暮らす貧しい地域に育った主人公の高校生活を柱に、朝鮮人差別や分裂した原水禁運動など、主人公が遭遇した様々な社会問題に向き合いながら成長していく姿を描いている。
 柴垣文子『森の記憶』(新日本出版社)と野里征彦「わが心、高原にあり」は、ともにこの国の自然の美しさとそれらが人々にもたらす穏やかな豊穣感を背景にしている。前者は癌に冒されながら最後まで精一杯〝自由〟を求め考え続けた夫を支え、「書く」ことを生きることにつなげていく主人公を描いて、生きることと死ぬことの普遍的な意味を問うた。後者は東日本大震災で父と兄を亡くし母も他界、生きる気力を失い自殺を図った主人公が、山里の生活に触れて生きる意味を見出し立ち直る姿をとらえている。
 和田逸夫「ウィングウィング」は、父親にネグレクトされ母親もいなくなり児童養護施設に預けられた少年が学習ボランティアにサッカーを教えてもらう中で、心を開いていく。ボランティアは以前の会社で部下を自殺させたことで心の傷を負っており、人間が再生していく過程を浮かび上がらせる。また、木曽ひかる「?野の花」(「しんぶん赤旗」連載)は、様々な境遇の生活保護の利用者とこれに対応するケースワーカー、民生委員などの姿を八つの短編に描き、今日のこの国の貧困問題に迫っている。
 菱﨑博『舞鶴湾の風』(本の泉社)は歴史に材をとり、命の保障もないような舞鶴の軍港建設の現場で働き、力を合わせて自分たちの生活を作り上げ、会社相手の闘いにも挑んでいく「新平民」の群像を描いた。明治末期、近代化から四十年を経てなお続く差別への強い抗議の思いが底を流れている。
 東峰夫「父母に捧げる散文詩」は、米軍=アメリカに暴力的に支配される故郷沖縄の現実を提示し、元凶である資本主義への批判を瞑想的な方法で綴っている。
 民主主義文学では労働・職場を描くことを重視してきたが、厳しい労働現場や社会状況を抉りつつ、人としてまっとうに生きる道を探る長編の作品として、両者間で作品の雰囲気はかなり違うが、松本喜久夫『希望を紡ぐ教室』(新日本出版社)と最上裕『真夜中のコール』(光陽出版社)を挙げることができる。前者は大阪の学校が舞台で、二〇一五年の大阪都構想の住民投票や戦争法強行などの政治情勢を背景に、新任教師が学級崩壊や、「新しい」歴史教科書の採択などの難しい状況に周りの教師とともに対応しつつ成長していく姿をとらえた。後者の主人公は大手電機メーカーに請負として常駐するシステムエンジニアだが、過酷な労働環境の中でうつ病を発症する。リーマンショックを契機に会社が請負や派遣を切りその病休中に契約満了とされ、ユニオンに入って闘いに踏み出していく。
 橘あおい「小夜啼鳥に捧ぐ」(『女性のひろば』連載)は、八〇年代半ばの病院の実態や看護婦不足などの医療労働環境を見据えつつ、「しらけ世代」「新人類」と言われた世代の若い看護婦が理想の看護を求める中で、人間の尊厳を守る医療は平和を守ることにつながることをつかみ、職場の改革にも取り組んでいく姿を描く。
 社会の矛盾が尖鋭化する過酷な職場では、人間の尊厳をかけて一歩を踏み出す決断を迫る場面に突きあたる。風見梢太郎「ある出発」は、一九七〇年代の通信会社の研究所で激しい思想攻撃に直面する人間の弱さと強さを見つめた作品であった。保身のために変節する男との対比で、苦境のときこそ問われる人間の真価を読者に考えさせた。田村光雄「映画『ドレイ工場』の頃」は、労働組合が中心となって製作された映画の再上映に際して、癌を病むかつて組合運動を共に闘った仲間と見る話を描く。五十年前、分裂攻撃のなか、第一組合に入ったばかりの二人の青年を主人公は映画のエキストラに動員した。会社の労務に見つかり、試用期間だったために解雇され二人は今どうしているか分からない。その悔恨が主人公の胸中にわだかまっている。仙洞田一彦「餓鬼の転職」は、六〇年代末の町工場がたち並ぶ東京蒲田の雰囲気とカメラ部品の旋盤加工の職場を鮮やかに映しとり、主人公が文学を志した若い日の葛藤をその情景のうちに描き込んだ。
 過去の戦争を問い直す作品は今期も意識的に生み出された。塚原理恵「こころの熾火」は、かつての陸軍の従軍看護婦が後輩看護師にシベリア抑留体験を語る話である。時は戦争法成立の前後、戦争をする国に向かう情勢を意識し、体験に改めて向き合って戦争の惨禍を語り継がねばならぬことを決意する女性の忘れ得ぬ思いに迫った。秋吉知弘「まんまんちゃん」は、療養型病院でパートをしながら家族との生活を丁寧に営む主人公が、患者が語った戦争・原爆体験に衝撃を覚え、二歳になる息子に平和な社会を渡そうと改めて思う姿を描いた。能島龍三は「八月の遺書」で、日本が中国大陸で行った生体解剖の医学犯罪を、看護婦として関わった祖母の遺書と向き合う女性医師の視点で追及した。七三一部隊など戦時中の医学犯罪が免責され、関係者が医学界の指導的地位に就いたという、責任をとらないばかりか改ざんしようとする為政者の体質を告発しつつ、「日本人はあの戦争での、他国の犠牲者のために悲しんだか」という中国人医師の問いを突きつけた。青木陽子「捕虜収容所」は、戦時下に設置された捕虜収容所での、すべての命と良心的に向き合う日本人医師と捕虜の軍医との敵味方を超えた友情が存在した歴史的事実を、資料と当時を知る人との出会いにより掘り起こした。中寛信「何もないこと、全てがあること」は、中国の大学で日本語を教える講師の独白体で、学生との交歓をいきいきと描きながら、中国の人々の間に日本に対する根深い反感が残存する現実を鋭くとらえた。
 戦争を直接知る人が少なくなり、しかし戦後七十五年も経てようやく明るみに出た歴史的事実も少なからずあり、今日の視座に立って戦争とは何かの問いを深めることはますます重要になっている。綿密な取材や想像力をはたらかせ、事実をあやまりなく掘り起こし伝えようとする努力の大切さは言うまでもない。しかし、戦争を知らない世代に説得力をもって伝えるためには、書き手がその取材・調査したことを表象的な内容の把握にとどめ、描写するだけでは足りない。その戦争の現実を作者自身はどう受け止めるのか、自身への問い詰めが希薄であれば訴える力は弱く、主題も深まらない。また、その時代に生きた人々を鮮やかな形象として描き出す創作上の創意・工夫も重要な課題である。
 他者とつながりながら模索葛藤する中で、人間として成長していく青年像を写しとる作品が多く書かれたのもこの二年間の特徴だった。
 田本真啓「キングゴリラ」は、小学時代、教師の冷酷な仕打ちから心に傷を負い居場所を見失った経験をもつ主人公が、フリースペースで発達障害が疑われる男の子に出会い、彼との葛藤を通して自分の居場所を再発見していく姿を描き、他者との心をつなぐ可能性を示した。石井斉「白いスニーカー」は、統合失調症を病む主人公が、人とのむすびつきで人間は変わることができると思えるようになる話を描いた。空猫時也「光射す海域へ」は、病気などが原因で引きこもっていた青年が、「君にしかできないことを見つけて」とあたたかく見守る家族に支えられて居場所を探し出す姿を独自の感性でとらえた。横田昌則「花のない風景」では長く一つの仕事につくことが難しかった軽度の知的障害を持つ主人公が、支援者たちに支えられて、自身のためだけではなく職場の仲間のために、暴力・パワハラに抗して進み出ようとする切実な姿をみつめた。渡部唯生「声と鼓動」は、自衛隊の海外派遣を目指す政権の暴走に憲法の危機を感じ、国会前での抗議行動に参加しながら、何故抗議行動をするのか、本当になすべきことは何か、と自問自答する青年像をとらえようとした。
 櫂悦子「時生、十五の春」は、六〇年代に一般的であった、一家の主な働き手である父親が冬期には出稼ぎで暮らしを支えねばならなかった貧農家族に育った少年が高校の入試に不合格となり、集団就職で東京に出る旅立ちの日までを描く。既に就職して寮暮らしをしている兄に自衛隊入隊の試験を受けないかと勧められ、キッパリと断る場面が挿入されている。
 岩崎明日香はこれまでも経済的に困窮する家庭を背景に持つ学生の姿を描いてきたが、「プリザーブドフラワー」も同様である。学業をあきらめて働かざるをえなかった郷里に暮らす姉が、東京で大学生活を開始しアルバイト先も漸く得た主人公の誕生日にプリザーブドフラワーを贈って来る。主人公は、姉や学業をあきらめた人たちが報われる社会にしたいと集会で発言するまでに進み出ていく。
 東喜啓「手かさぎの感触」は徳之島を舞台に、奄美地方や沖縄が受けてきた過酷な歴史をからめて、農機具に頼らない伝統的な作業での砂糖黍栽培にたずさわることを誇りに思う高校生を描いた。奥美濃の風土に根ざした人びとの暮らしを描き続けてきた池戸豊次は「神楽」で、孤独だった青年が古老たちにあたたかく迎え入れられ、伝統文化である神楽の小鼓を担うことで土地の暮らしに融け込んでいく姿を落ち着いた筆致で描き出した。
 今日の子どもたちは依然として、競争原理と権力を持つ者に都合のよい人づくりに支配される学校におかれており、現場の実態はいっそう深刻になっている。激変する教育現場と切り結ぶ教師と子どもたち・家族の苦悩する姿をすくいとる作品も多く書かれた。五十嵐淳「群青の彼方」は、コロナ禍で突然全国一斉休校を要請され卒業式をめぐって混乱する教育現場を、原発事故から避難してきた少女と重ねて描いた。宮腰信久「孤高の人」は、校内暴力が吹き荒れた時代を背景に、荒れる生徒たちを長い目で見守りながら生きる力をつけさせることこそ真の教育であるという信条の教師像を描出した。
 医療や介護について今期も多く描かれた。先進国の中で突出した超高齢社会であるにもかかわらず社会保障の貧しい現状が反映している。倉園沙樹子「絹子の行方」は「自立支援」を楯に改悪一方の介護保険制度と、思いやりのあるケアができない家族の事情の狭間で、追いつめられてゆく高齢者の姿を切りとった。高橋英男「もう一つの顔」は患者や家族に評判の良い医療機関での、医療をめぐる諸事情が反映して職場内に起こる人間関係の軋轢を、事務長の立場から描き出した。
 野川環「マイホーム」では、認知症の老婆の年金を頼りに息子を装って暮らす男の人生が狂いはじめる経緯に、現代社会の底深い闇をうかがわせた。平良春徳「寸借詐欺」は、派遣切りに遭うと同時にホームレスに陥ってしまう、不安定雇用に置かれる現代の青年たちの困窮きわまる状況を、人情味あふれる主人公の視点であぶり出した。
 このように民主主義文学の作品は、多様で多彩な題材を取り扱い、個々には乗り越えるべき課題を残しているとしても、見舞われる困難を社会的な問題としてとらえ、人間らしい生き方と真実を求める人間像を描き出すことに真正面から真摯に取り組み、民主主義文学運動の存在意義を示そうと努めてきている。さらにひろい読者を獲得するには創造力量の向上をめざし、作品を生みだすための努力と相互批評を活発にしていくことが必要である。印象批評を排し、リスペクトを持った発展的な批評活動を不断に積み重ねていくことが重要である。
 特に、長編については時代と社会を大きくとらえ、見据えることが求められる。選んだ題材や主題への迫り方等作品の内容がその時代に迫りかつ現代とつながって、自身の感性で磨かれた批評精神でこの国の危機的状況を撃つものになっているか、検証される必要があろう。
 「若い世代特集」を二〇年三月号、二一年四月号と二年続けて企画し、その号も含めて、この二年間に二十八人に及ぶ初登場の書き手を迎えられたことは、貴重な成果であった。さまざまな企画を通して新しい書き手を生み出すことを文学運動の継続のために重要視し、たゆみなく取り組んだ努力が実ったものといえる。熱い思いから小説を書かずにはおれなかった初心を忘れることなく、間を置かずに書き続けることを期待したい。

(3)民主主義文学の批評の成果と課題             
 民主主義文学運動における批評は、時代の動向とその本質を見据え、それに照らし生み出された作品の意味と価値を論じ、作品の価値を決定してゆくと同時に、その批評を通じて時代の本質や特徴を割り出してゆくことを担わなければならない。そのことを通じて運動上の創造活動を活性化させる役割を担っている。
 何を描くべきか、すぐれた批評はそのことを示唆するはずだし、その評価を通じて如何に描くべきかをも示唆するはずだ。民主主義文学運動にもとめられている批評はたんに励ましに満ちているだけでは足りない。社会と人間の真実を描くとともに、批評精神が旺盛でかつ芸術性を湛えた価値の高い作品を生み出すために、個々の創造とその総体が時代の課題の核心に迫り得ているか、何をどう描くかまで考えるきっかけになるような創造性に満ちた批評が求められる。
 文学運動の更なる発展を期すために、文学運動の灯を消さないために、よい作品を生み出すことが至上の課題であり、そこに果たすべき批評の役割は大きい。
 第二十八回大会期も時宜を得た特集企画が旺盛に組まれた。特集においてはしばしば過去の文学的遺産を掘り起こし再評価することを求められるが、そこにおいても文学運動における批評とはなにか、創造意欲をかきたてる批評とはなにかの探求がなされる必要がある。
 二〇一九年は「五四運動、三・一運動から百年」の特集が組まれ、金石範「三・一運動百周年に際して」が巻頭を飾り、下田城玄「近代文学のなかの朝鮮人」、馬場徹「金石範『万徳幽霊奇譚』試論」、三浦光則「伊藤永之介『総督府模範竹林』」の力こもる評論が並んだ。
 「松川事件七十年」の特集では、江崎淳「松田解子の松川事件」が寄せられた。無実の被告たちの支援運動に奔走した松田は、裁判においても意見陳述を述べるなどの姿に言及した。松田については没後十五周年を記念した企画として「松田解子戦後日記」(一九四六年一月から十二月まで 抄録)も、昨年亡くなった松田の長女にあたる橋塲史子の復元によって掲載された。
 「いまなぜプロレタリア文学を語るか」という標題の多喜二・百合子研究会の副代表大田努へのインタビューは同研究会編集『多喜二・百合子・プロレタリア文学』の発刊に寄せる企画で、プロレタリア文学が日本の近代文学を発展させた意味を明らかにするところに眼目がおかれていた。久野通広「手塚英孝と小林多喜二」、松田繁郎「時代をこえたプロレタリア文学の魅力─細井和喜蔵『奴隷』『工場』を読む」も、響き合うものであった。
 「宮本百合子没後七十年記念」の特集では、岩崎明日香、北田幸恵、澤田章子、由比ヶ浜直子、宮本阿伎(司会)による座談会「いまに生きる宮本百合子の思想と文学」が、宮本百合子の生涯と作品を辿りながら、現代に生きる私たちが、その作品世界をどう受け止めるかを、特にジェンダーの視点から深めている。今後の研究課題も出され、刺激的な座談会となっている。
 東日本大震災の特集も毎年欠かさず組まれ、「震災から八年」では、岩渕剛「〈震災後文学〉という切り口」、谷本諭「民主主義文学は『3・11』をどう描いてきたか」松田繁郎「『いのちの現場』からの叫び」の評論、「震災から九年」は、前田新、金田基、たなかもとじなどが東日本大震災、原発事故の被災地の現在に多角的に迫った。
 コロナ禍のもとで「特集=パンデミック小説を読む」が時宜を得て組まれた。中村泰行「ル・クレジオ『隔離の島』」、渥美二郎「ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』」、乙部宗徳「カミユ『ペスト』」の三評論が掲載されたが、それぞれに読み応えがあり、創作への刺激となった様子もうかがえた。特集「戦争と文学」には、北村隆志「ロスジェネ世代の戦争文学」、尾西康充「柳美里『8月の果て』論」、金正勲「松田解子と金一秀」の三稿が並んだ。特集「文学と天皇の問題」には、新船海三郎「大江健三郎と天皇(制)、また戦後文学史」、北村隆志「三島由紀夫の『虚構の天皇』」が執筆された。戦後文学の核心に触れた両論考であった。
 二十八回大会期にも編集の依頼によって執筆されるばかりでなく、書き手自身のモチーフによる、あるいは書き手が独自に主題を発見し執筆された、単発評論も多彩に意欲的に書かれた。瀬戸井誠が「万葉集の『民主的』一側面」を論じ、碓田のぼる「啄木詩『老将軍』考─越境するナショナリズム─」は、啄木が生前一切触れなかった「老将軍」という詩には、住職であった父一禎が被った罷免事件への落胆が込められていたのではないかということを実史料によって突き止め、その詩は「『固有名詞』を失い、無名の『典型』となって、ナショナリズムの国境を出ようとしている」と結論付ける評論であった。松木新「北海道命名百五十年と文学」も含めて、筆者たちが一貫して追いかけてきた文学的主題である。
 乙部宗徳「『居場所』を求めて 新人賞作品の一つの系譜」は独自の主題を切り拓き、また岩崎明日香「宮本百合子『道標』の軍医津山のモデルと戦争犯罪」は、主人公のベルリン滞在の折の描写中に現れる軍医津山が毒ガス人体実験で知られる七三一部隊などを統括した石井四郎であることを論証した評論であった。中村恵美「変容する小説群 試論ライトノベル」、馬場徹「深夜のマルクス語り――金石範『火山島』の一側面」、などが書かれた。
 「最近の注目作から」「最近の話題作を読む」は民主主義文学運動以外の、いわば出版ジャーナリズム上で話題となった作品を論じる試みがなされた。高野裕治「真藤順丈『宝島』」、松木新「キム・スム『一人』、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』」、青木陽子「平野啓一郎『ある男』」、石井正人「島田雅彦『スノードロップ』」、松木新「川越宗一『熱源』」、谷本諭「中村文則『逃亡者』」である。日本文学の民主的な発展に寄与するという大目標をもつ民主主義文学運動が日本の文学の現状を広く見渡すことは常に重視されなければならない。ほぼ毎年二月号に掲載される前年度の総括と新しい年の文学状況を展望する座談会も、読者の話題によくのぼる。一層の充実が図られなければならない。
 民主主義文学の作品については、「長編完結作を読む」で川本幹子「秋元いずみ『ママ、なんになるの』」、澤田章子「たなかもとじ『大地の歌ごえ』」、桐野遼「工藤勢津子『雨霽れよかし』」、風見梢太郎「最上裕『真夜中のコール』」、横田昌則が「草薙秀一『大阪環状線』」、槇村哲朗が「菱崎博『舞鶴湾の風─軍港に命を懸けた人々』」、本村暎一「松本喜久夫『希望を紡ぐ教室』」、松木新「野里征彦の『わが心、高原にあり』」が執筆された。「文芸時評」「支部誌・同人誌評」も含めて、文学運動から生み出される作品を批評することは創造の活性化にとってとりわけ大切にされなくてはならない。第二十八回大会への幹事会報告に「文芸時評は、作者が何を描こうとしたのかをよく汲み取り、いわゆる『裁断』や『仲間褒め』に引きずられることなく、客観的評価と創作上の課題についても、作品と丁寧に向き合い論じていくことが大切である」と書かれている。これは『民主文学』の大きな特徴の一つであり、新しい書き手を実際多く生み出してきた「支部誌・同人誌評」においてとくに重視されなくてはならないのは言うまでもないが、「長編完結作を読む」もれっきとした評論文学であるということもあわせて強調したい。「長編完結作を読む」においても、全体としてその努力がされているが、一部には内容紹介、ダイジェスト版に終始するものもある。批評精神の発揮は私たちが常にこころがけなければならないことである。
 全体として評論は創作に比べても、まだまだ少ない。論じる対象の作品や作家は広大にある。評論の魅力を大いに語る機会をふやし、書き手を豊富にひろげる努力は現在における喫緊の課題である。
 二〇二〇年新年号から仙洞田一彦「思案投げ首小説作法」の連載(断続的に)が始まった。具体的な小説作法論など、抽象論に陥らない書き手ならではの小説の創作への手ほどきは支部で学習の素材として用いられるという効用を生み出している。
 連載エッセイでは、窪島誠一郎『「無言館」の庭から』、中西繁「油絵紀行」は好評を博した。
 民主文学館では、今大会期に、大浦ふみ子『燠火』、山形暁子『軍艦島へ』、最上裕『真夜中のコール』、青木陽子『捕虜収容所』の四冊が刊行された。

3. 文学会組織の到達点と課題

(1)文学会の組織の現状    
 文学会は、この間、『民主文学』の実売で二千八百部の最低採算ラインを超えることを目指してきたが、前回大会では、全国の努力によって定期読者において当時掲げていた千二百人の目標を上回る貴重な成果をあげた。その読者数がベースとなって、第二十八回大会上期は数年ぶりに実売で二千七百部を超え、採算ラインに接近することができた。しかし、前回大会の幹事会報告で「現在の状況は、連載に伴う読者を獲得できなければ、二千五百部の実売すら割りかねない事態」であると警告したように、一九年十月の消費税増税以降、顕著な部数の低下が始まり、二〇年平均は二千五百五十部に落ち込み、二千四百部台の月も頻出している。会員・準会員、定期読者、執筆者購入・書店などの普及、民主書店やしんぶん赤旗出張所への取次の新日本図書のすべての項目で低下し、まさに『民主文学』発行の過去最大の危機という状況が生まれた。
 常任幹事会は、ニュースの発行やオンライン会議で、この危機的状況を訴え、全国の力で、四月末時点で会員三百三十七人、準会員五百二十人、定期読者千二百六十人というところまで到達し、合計では二十八大会時を上回ることができた。
 この中でも深刻なのは運動の担い手である会員・準会員の減少である。創造団体として書き手の減少は、運動の根幹に関わる。第三回幹事会では、文学運動前進の可能性としてシニア世代と若い世代に着目した。この大会期の若い世代の加入は、六人にとどまっているが、うち四人は文学カフェ・若い世代の文学研究集会をきっかけにしての加入である。また「在日」朝鮮人差別、、自由に生きるとは、「戦争」をどう描くかをテーマにした三回のシニア文学サロンでは、これまでにない会外からの参加者があり、「文学の持つ力を感じた」「小説を書く力をつけたい」など積極的な感想が寄せられ、そこから定期購読者、準会員が生まれている。『民主文学』に初めて触れて、これまで読んでいた文学とは違う、生き方を問いかける作品に共感する人たちが、私たちの遠くないところにいることを示している。こうした文学愛好者に広く民主主義文学会と文学運動の存在を知ってもらう最大のカギは『民主文学』である。この『民主文学』をぜひ読んでほしいという思いを会員・準会員と支部が共有して、足を踏み出してこそ広げられるということが、この間の拡大運動の重要な教訓である。魅力ある『民主文学』をつくるためにも、幅広い世代の参加は欠かせない。この時代の中での生きがたさを感じ、それを打開したいという思いも含めて、何かを書き記したい、文学で表現したいと願う人は少なくない。そこにどう働きかけるのか論議を深めたい。

(2)この二年間の活動と教訓
*コロナ禍のもとでもZoomの活用などで新しい芽が出ている
 二〇年に起こったコロナ・パンデミックによって、四月の幹事会を八月に延期し、六月の全国研究集会は中止とせざるを得なかった。全国の支部で例会開催が見送られ、会員・準会員の行動自粛によって組織拡大が停滞した。こうした組織の危機的状況に対し、幹事会や常任幹事会、専門部会等をパソコンのZoomのシステムで開催する対策が取られた。これによって、リモートでの構成員の意見交換が可能になり、特に普段顔を合わせられない遠隔地の人同士の交流もできるようになった。Zoomの活用は文学運動の前進に新たな可能性を生んでいる。昨年十月十八日の緊急オンライン会議には十五都道府県三十三人、十二月二十六日の全国支部代表者会議は十九都道府県三十五支部、四十四人、今年三月十三日の第二回国支部代表者会議には十七都道府県三十二支部、三十九人が参加した。今後は地域別にオンラインでの支部代表者会議開催も検討していきたい。同時に、オンラインだけでは対応が出来ないところもあるので、通信環境の整備されている人のところに集まってオンライン会議に参加するなど、「情報格差」が生まれないように、工夫努力が求められる。ただ、インターネット通信環境を持たない構成員に、会議、研究会等への参加をどのように保障していくかは、引き続きの課題となっている。
 毎月行われている作者と読者の会は、作者も参加して、対象作品をどのように読んだか、どう描かれているかについて論議できる貴重な場になっている。これはZoomを使うことによって、全国からの参加が可能になっている。また、創作研究会で行う教室・専科、若い世代の文学カフェ、シニア文学サロンも含めて、新しい結びつきをつくりだせる可能性がある。積極的に取り組んでいく。
 フェイスブック、ツイッターなどSNSの活用も進めたい。ただ、直接会うことのない、オンラインによる結びつきの中で、準会員や読者の拡大につなげるためには、意識的な努力が必要になる。
*新支部結成・再建のとりくみ、空白県克服をめざして
 この二年間に東京、大阪で新支部が誕生し、宮城でも新たな支部活動が再開された。
 東京都の国立市、府中市の会員、準会員、読者に呼びかけて多摩文学支部が結成された。これは会員・準会員の居住地と既存の支部の例会開催地域を判断して、意識的に取り組んだものである。仙台支部は新たに宮城支部に名称変更して再出発することになった。新支部、支部の再結成の条件は存在しており、意識的に取り組んでいく必要がある。
 大阪市内支部は、一八年九月に開催した関西会員・支部代表者会議で、大阪市の中に文学運動をひろげていく必要が出されて以来、一九年の新人賞などで若い書き手が登場したこと、それを活かした二〇年の若い世代の文学カフェの成功など、創造と結びついた組織的努力が実ったものである。二十八回大会以降、大阪府では会員一、準会員五、読者二十七の増となっており、都市部での前進が可能ということを示している。
 現在、文学会の支部がない県は、群馬、福井、滋賀、島根の四県である。また、政令指定都市でも静岡、相模原、広島の三市にはそこを基盤とした支部が存在しない。社会と人間の真実を描くことをめざす、私たちの文学運動がこうした地域の創造力を結集できていないことは、重大な弱点である。これらの県、市の新支部結成(再建)の追求と共に、条件のあるところでの支部づくりを、文学会として最重要の課題と位置づける。
 十年前の二十四大会時も支部空白県は四県と変わらないが、総支部数は百十五支部から九十三支部と大きく減っている。この中でも、茨城・佐賀に新たにでき、群馬・滋賀で解散している。さらに高齢化や広域にわたり例会に集まることが難しいなどの支部が少なからず存在する。車で支部員の送迎をして例会を開いている支部もある。新しい人を迎えるために宣伝をしようと思っても財政的に難しい場合がある。こうした困難を抱える支部に対して、幹事会、常任幹事会は、実情をつかみ活性化をはかるためにできるかぎりの援助を行う。
 また、会員空白県も九県と二十四大会時の五県から急増していることは軽視できない。高齢化も影響して、この十年に会員数が一五パーセント以上減少していることが最大の要因だが、この傾向が続くならば文学運動の未来はない。コロナ・パンデミックにより地方単位での文学教室の開催や地方への講師の派遣は困難になっているが、この収束を待っている猶予もない。そのためにも創作研究会主催のオンラインでの文学教室・創作専科を含め、各地域単位や実績ある会員がいる支部で創作力向上に向けた教室を旺盛に開催し、各々が作品を磨き上げ、『民主文学』への掲載をめざそう。こうした地域から『民主文学』に登場する書き手を生み出すことは、文学運動の継続にとって欠かせないし、新たな会員が生まれることは、支部に活気をもたらすし、ひいては支部誌を充実させることにもつながっていく。すべての支部で新たな会員を生み出すことをめざそう。
 先に述べた対象地域の条件のあるところで、会員・準会員会議を設定し、そこでは新たな支部結成や支部再建、準会員・読者の拡大の具体的な計画を立てると共に、それを参加者の創造力のレベルアップをはかる企画と一体のものとして取り組むことが大切である。
 二十四大会時と比較すると、人口の少ない福島、佐賀で実数としても大きく前進しているように、どこの地域でも前進は可能である。二つの県とも支部再建、支部設立がされ、支部誌の発行と共に、『民主文学』に掲載される書き手も生まれている。両県とも全国的に高い比率になっているが、創造を軸にした支部活動の発展として貴重な経験となっている。
 同時に、首都圏とくに東京は、二十八大会比で、会員、準会員、読者の後退がもっとも大きい。文学運動の実務の担い手をつくるという点でも、東京での前進は特別に重要である。幹事会の責任で必要な対策を講じていく。
*支部活動の活性化など運動の強化方向
 支部の活性化には新しい人を迎えることが大きな刺激になる。支部に新しい仲間を迎え入れようとするとき、その一番近しい存在が『民主文学』読者である。拡大した読者を定着させ、さらに準会員になってもらううえでも、支部例会に誘って合評を行ったり、周りの読者に呼びかけたりして読者会を持つなど文学を語り合い文学運動の魅力を実感できる場をつくることが大事になっている。地域で支部の存在を知らせる「支部紹介チラシ」、支部誌の発行に向けた「原稿募集チラシ」などの宣伝は、民主主義文学会の存在を知らせ、文学愛好者と準会員を拡大する契機になる。また、支部誌で結びついた人たちに、準会員、読者になってもらう働きかけをしていこう。
 新しい人を支部に誘う機会とするためにも、幹事・常任幹事を講師にした文芸講演会、支部単位のオンライン創作専科などを検討したい。
 今年になって二度も緊急事態宣言が発出されるほど感染拡大がとまらない。政府が、PCR検査を抑える中、無症状感染者が多数存在していることが懸念され、自身の感染の可能性を否定できない状況がある。各人の徹底した感染予防と共に、文学会の集まりでは、消毒、マスクの着用、参加者との距離をとること、換気に心がけ、飲食をともなう懇親会は行わないなど、文学会の場が感染拡大につながらないよう細心の注意を払う。条件がある支部では、対面との併用も含めてオンライン例会の開催を追求する。例会に参加できない人のためにも支部通信などでの連絡網を強化する。また、ニュースで紙上合評などを行う。
 文学運動の魅力は合評にある。とくに支部で実りある合評を行うことが、創造の力がつく支部をつくることにもつながる。合評のあり方も、作者と作品へのリスペクトをもち、率直かつ節度を持った「相互批評」の努力が行われている。しかし、打撃的批評がなくなったわけではない。一方的で恣意的な批評からは感情的対立以外は何も生まれない。
 『民主文学』掲載作品をよく読み合評し、それを自分の創作に活かすことが大事である。同時に、支部員の要望に応えて近現代文学の名作、話題作をとりあげている支部もある。文学愛好者にとっては、書くだけでなく読むことを重視して新たに文学運動に参加する人もいる。多様な文学的要求に応えると共に、合評し、創作力の向上をはかれる魅力をアピールできる、楽しい支部活動をめざそう。
*若い世代、シニア層などに広げる可能性と取り組みの具体的方向
 文学会の年齢代構成を見ても、四十代以下の若い世代に準会員を広げることは、文学運動を次代に引き継ぐ上で死活的課題である。その点で今大会期は前進の可能性が生まれた。
 第七回若い世代の文学研究集会(一九年八月)には、十三人が参加し、この取り組みを通じて、準会員が一人増えた。オンラインで開催された第八回若い世代の文学研究集会(二〇年十一月)には、十八人が参加し、年代的にも二十代三人、三十代七人、四十代八人と若い参加者が増えた。二十代の参加者が準会員に加入した。どちらも特に若い人たち自らがこれまでのつながりを活かして、参加を呼びかけると共に、支部からも若い書き手の参加を促したことが成功の鍵となった。
 研究集会に提出された作品を読むと、若い世代が描く文学世界は、ファンタジーや近未来への志向という特徴がある。同時に、いじめ問題、外国人労働者、LGBT、戦争など、時代に向き合う文学創造という共通性のあることが確認されたことは大きな成果である。
 若い世代の新しい書き手の育成には、リスペクトとともに、作品をよりよくするための的確な指摘が欠かせないし、民主主義文学運動の歴史と意義を伝えることも含め、計画性を有した系統的な取り組みが重要である。若い世代に限定した無料のオンライン創作通信制度の創設などもふくめて、積極的アピールを日常的に行っていきたい。ホームページは、若い世代への訴求力を高めるよう、大胆な発想により改善を進めていく。
 若い世代の文学研究集会とともに、文学カフェの開催にも力を注ぐ。若い世代の文学カフェin大阪(二〇年二月一日)は、会場の定員を上回る三十四人の参加で成功。若い世代の作品を読み、世代をこえて文学の魅力と生き方を語りあえる貴重な場となった。これは全国の支部の協力なしには実現できない企画であり、若い世代を迎えて活性化するメリットは支部にとっても大きい。
 四十代以下の世代から毎年十人の新会員・準会員を獲得し、それを二〇二〇年代の十年間続けることができれば百人となる。そういう構えと規模で、支部とも協力して取り組みを強める。
 第三十一回文学フリマ東京(二〇年十一月)に初めて参加し、リーフレットの配付、『民主文学』、会員の単行本の販売を行い、参加者とのその後の交流も始まっている。全国では広島、前橋、岩手、札幌、京都で開催されており、若い世代、同人誌の会員に民主文学会を知らせる機会として積極的に取り組んでいく。
 シニア文学サロンも、オンラインで行われた(二〇年十一月、二一年三月)。テキストとなる『大阪環状線』、『森の記憶』の新日本出版社の広告の中で宣伝を行い、一回目は、会外からの十一人を含め、二十九人の参加者を得た。この中で準会員一人、定期読者を二人増やした。二回目は会外からの二十五人を含め、六十一人の参加とさらに広がり、準会員一人、定期読者を五人増やした。
 年代別の準会員の加入者を見ると、年齢がわかる二〇一〇年代の加入者のうち、六十代後半から七十代後半が五割を超え、新人賞の応募者の年代も同じ傾向となっており、八割以上が会外の方となっている。退職など人生の節目に、何か書いてみたい、文学をやりたいという層が確実に存在する。こうした人たちを迎えるために、シニア文学サロンを含めて、積極的に取り組む。
*会員・準会員からの積極的投稿で、より魅力ある『民主文学』に
 第二十八回大会の幹事会報告では「全国文芸誌『民主文学』にすぐれた作品を掲載することは、日本文学全体の発展につながっていくもの」と位置づけている。大手出版社から発行されている文芸誌と比べても、スポンサーなしに自力発行している全国誌は『民主文学』だけであり、それゆえ権力やタブーを恐れることなく、社会と人間の真実を描くことができる。また、若い世代からシニア世代まで、自由な創作方法で多様な作品が掲載されている、身近な全国文芸誌である。
 周りの人に薦めたくなる身近で魅力ある『民主文学』には、編集企画の充実はもちろんだが、なんと言っても力のこもった創作・批評が欠かせない。そのためにも会員、準会員からの積極的な作品投稿が求められる。個々の作品や企画に足りないところがある場合は、編集部・常任幹事会に意見・要望を遠慮なく寄せてほしい。編集委員会も新たな書き手の育成に力をつくす。『民主文学』をよく読むとともに、全国の会員・準会員の力でつくっていくことが、『民主文学』中心の支部活動の重要なカギとなる。
 『民主文学』見本誌の大胆な活用で、担い手をひろげ読者拡大を進めよう。新しい人を誘う場合には、『民主文学』を最新号も含めて無料提供の措置をとる。なお、これは、その対象者に対し一度だけとし、次回以降は単品で購入してもらうか、定期購読を呼びかけることとする。連載企画については、カラーチラシの新聞折り込みをして定期読者を獲得しているが、今後も執筆者の協力も得て効果的な宣伝を行っていきたい。同時に新しい読者と日常的に連絡をとり感想や異見要望を求め、読書会を組織していく活動を強めたい。
 「日本民主主義文学会の五十五年」(乙部宗徳・『民主文学』二〇二一年一月号)でもふれられているように、当初『民主文学』は新日本出版社が発行し、一般書店でも販売されていた。しかし、最初の数年を除いては多額の赤字を累積したために、出版社から発行継続困難の申し入れが出され、一九九三年からは、文学会(当時は同盟)による自力発行に切り替えて、会員・準会員・定期読者の固定的読者を中心にして、返本数を少なくすることによって、製造コストを下げ、発行を継続してきた。現在、書店については民主書店の他には、インターネット書店(富士山マガジン)で購入できるようになっており、その注文は確実に増えている。今後の販路の拡大は、準会員・定期読者という固定的な読者を確保することを土台にして可能になる。
 
(3)文学運動をどう次代に引き継ぐのか 
 一般会計では会員・準会員の減少と執筆者購入などの普及の減少の影響で収入が減少している。支出はコロナ禍で幹事会をオンライン開催にしたことによる会議費の減、専門部費などの活動関連の出費の減少で、結果的には繰越額が増えた。出版会計は、主な収入である定期購読料が二十八大会直前の読者拡大目標の達成により増えた。支出の面では原稿料など、編集経費が増えたものの若干の黒字を確保でき、一般及び出版の会計全体で、繰越額を増やすことができた。しかし、二十八大会期の後半ではすべての数値が低下しており、現状では二十九大会期は繰越額を減少する予算を立てざるをえなくなっている。経費削減と共に、経営構造改革の検討が必要になる。
 厳しい経営状況の中でも、コロナ禍のもとで移動が制限され、意思疎通を妨げている状況を克服するために、会内のオンライン化を強化することに支出をふりむける。同時に「情報弱者」を生まないための手立てをとる。交流、意思疎通を図る機会を増やすことで、会の活力を高めることと、『民主文学』普及のためのチラシづくりや新聞折り込みなどを広げることに意識的に振り向ける。
 宮本百合子は「歌声よ、おこれ――新日本文学会の由来――」で、「民主なる文学ということは、私たち一人一人が、社会と自分との歴史のより事理にかなった発展のために献身し、世界歴史の必然な働きをごまかすことなく映しかえして生きてゆくその歌声という以外の意味ではないと思う」と述べた。
 コロナ・パンデミックによって、私たちの生活は著しく制限され、倒産・廃業など事業継続ができない事態も生まれている。新自由主義のもとでの自己責任論、格差の増大も、コロナ・パンデミックのもとでその本質をあらわにしている。人びとの対立が煽られ、分断が激しくなり、学術会議の新会員任命拒否のように、時の政権に批判的な文学・芸術の排除も起こりかねない事態となっている。こういう時代の中で社会と人間の真実を「ごまかすことなく映しかえ」し、緊迫感をもって時代をとらえることをめざす、私たちの文学運動の役割は、ますます大きくなっている。今日の危機に立ち向かい、人びとの連帯をつくりだす文学運動こそが求められる。今、なぜ何を書くのかという自身のモチーフとテーマを見つめ、創造・批評に意欲的に取り組むと共に、その発表の場である『民主文学』を守り抜き、次代へとつなげるために力を尽くそう。

 以上

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