第12回 「民主文学」 新人賞

木曽ひかる 「月明りの公園で」が受賞

選考経過
 第12回民主文学新人賞は1月末日に締め切られ、小説72編、評論14編、戯曲7編の応募がありました。すでにお知らせしたとおり、第一次選考通過作は小説10編となり、3月28日、五委員出席のもとに選考委員会が開かれました。選考委員会はまず、下記6編を最終候補作品として選び、最終選考を行いました。その結果、上記の受賞作を決定いたしました。作品は「民主文学」6月号に掲載されています。

最終候補作品
  <小説>
    内田美子 「ちいちゃんと海」
    木曽ひかる 「月明りの公園で」
    宍戸ひろゆき 「福島アピール」
    渋沢祥代 「バス旅行」
    成田富月 「つなぐ声」
    野山あつむ 「CAVA! カヴァーズLOVE」

新人賞 (賞金十万円)
  <小説>
      木曽ひかる 「月明りの公園で」
       (きそ・ひかる  1944年愛知県生まれ。愛知県名古屋市在住。民主文学会準会員)
 
 ●受賞のことば
 人生も残り少なくなり、やり残したことを考えると小説を書きたいという気持ちが湧きあがり、2013年4月に入会しました。支部を始め、昨年の「山の文学学校」、「第3回伊豆文学学校」「第61期文学教室」、「第27期創作専科」の実作体験で、小説の書き方がおぼろげながらわかってきたような気がします。思いがけなくも受賞しましたが、丁寧にご指導してくださった多くの皆様のおかげと心から感謝を申し上げます。
 今後も、陽の当たらぬ所で生きている人の思いを伝えるべく、精進してまいります。

佳作
 <小説>
    野山あつむ 「CAVA!」 (「CAVA! カヴァーズLOVE」より改題)
     (のやま・あつむ 1950年新潟県生まれ。新潟県新潟市在住)
    成田富月 「つなぐ声」
     (なりた・ふづき 1973年愛媛県生まれ。愛媛県松山市在住。民主文学えひめの会所属)


〔選評〕
 
継続の力
                              岩渕 剛

 受賞作の「月明りの公園で」は、生活保護受給者の就労支援を仕事としている男を主人公としている。男自身も、リーマンショックからの不況のために職を失い、臨時任用の形でこの職に就いているという立場である。その点では、彼も生活保護の対象になる可能性があったと考えると、現在の社会の病んだすがたが浮かび上がる。そこに、作者の挑戦があるのだろう。
 佳作となった二つの作品が、いずれも〈電話〉がかかわるものであったことも興味深い。片方はインターネットの電話サポートであり、もう一方は生活相談であると、方向性はちがうのだが、人と人とのつながりの希薄な現状のなか、〈声〉だけがつながって〈顔〉のみえない〈電話〉のもっている意味は、想像以上に大きいのではないだろうか。作者がどの程度、そこを自覚していたかが、課題ではあるのだが。
 選にはもれたが、最終選考に残った作品には、東日本大震災と原発事故を題材にした作品がいくつかあった。大きな事件を題材にする場合、そのなかでの個々の生きかたとどのように結びつけるのかが問題となる。事件の説明になってしまったり、人生が安易に変わってしまったりするのではないかたちで描くことを試みてほしい。作品に〈時効〉はないのだから、これからも挑戦してほしいものである。
 二年続けて選考委員をつとめさせていただいたが、入選作の作者は、昨年も最終選考まで残る作品を応募していた。作者はその後、文学会の支部活動とともに、文学教室や創作専科にも通って、勉強を続けていたと聞く。条件はさまざまであろうが、文学会の支部活動や、文学教室、創作専科、創作通信制度の活用などで、自分の作品を単に書きっ放しにしておくのではなく、批評を受けることでみずからの創造のレベルをあげていくことを考えてほしい。今回の受賞者の継続した努力は、よいお手本になるのではないだろうか。
 評論で一次選考を通過したものがなかったのは残念であった。評論の場合、対象にすなおに向き合うことに対して〈照れて〉いるようにみえるものも見受けられる。斜に構えることが〈批評〉なのではないことは、知っていてほしい。

現実に挑む強引さがほしい
                             乙部宗徳
 
 十二回を迎えた今回の新人賞の応募作は九十三編で、これまでで三番目に多い数となった。題材的には今日の時代への問題意識が感じられる作品が多かった。
 新人賞、佳作の二編、それに宍戸ひろゆきさんの「福島アピール」は、最終選考に残る作品と考えて、選考会に臨んだ。しかし、大きな差はないように考えていた。
 「月明りの公園で」は、就労支援相談員の生活保護者へのサポートの苦労を描いているが、悩みながらも前に進もうという思いが伝わってきて、新人賞にすることに異論はなかった。
 「CAVA! カヴァーズLOVE」は、若い世代の感覚やコールセンターの仕事をよくとらえている。恋愛の成就は、小説のストーリーではいわば王道だが、仕事を通して、二人が接近していく様がよい。
 「つなぐ声」は、会話によってストーリーを展開する方法をとっているが、行動に踏み出そうとする若井の変化がとらえられている。
 三作は、偶然だが設定が似ている。野山作品と成田作品は、電話による対応という共通点があるが、木曽作品と成田作品の主人公が、今日の窮境にあえぐ人ではなく、その人をサポートする側になっているところに注目した。それは解決が求められる人たちが多くいることの反映だが、なぜその当事者が主人公にならないのかということを考えさせられた。今回の応募作全体について感じたことだが、抜け出るような迫力をもった作品には出合えなかった。書きにくい主題であっても、そこに強引に挑んでいく姿勢がほしい。
 それと矛盾することではないが、重い主題をとらえながらも、ストーリーの大事なところで整合性がつかない無理があるために、選を逃したものがあった。作品の完成度を高める、今、一歩の努力を望みたい。
 評論、戯曲とも前回より応募は増えたが、第一次選考を通過する作品がなかったのは残念だった。評論は細かいところに入り込んでしまったり、逆に概論になってしまったりと焦点の当て方に弱さを感じた。戯曲は結末に向かう流れに安易さを感じる作品が多く、強いメッセージ性をもつ言葉がなかった。

時代の課題と向き合う作品
                            久野通広

 最終選考にあたって、内田美子「ちいちゃんと海」、野山あつむ「CAVA! カヴァーズLOVE」、三原和枝「侵蝕」、木曽ひかる「月明りの公園で」、成田富月「つなぐ声」の中から、野山あつむ、木曽ひかる、成田富月の作品を入選候補として推した。
 作品の傾向として注目したことは、東日本大震災・原発事故、平和問題、非正規雇用労働者の状況など、今の時代の課題が色濃く反映されていたことだ。文学は時代を映す鏡というが、作者のモチーフの強さが印象づけられた。
 新人賞の木曽ひかる「月明りの公園で」は選考委員全員一致で選ばれた。生活保護受給者への就労支援の仕事をする主人公白鳥大輔自身も一年契約の嘱託で、リストラ、離婚の憂き目にあい、家族と別れて子どもの養育費を仕送りしなければならない。初めて担当した二人の男性に何とか仕事を見つけて「就労」させたと思いきや、「裏切られる」結果となる。白鳥の仕事の評価と再雇用にもかかってくる。その葛藤とともに、人にとって働く喜びということがよく描かれている。
 野山あつむ「CAVA! カヴァーズLOVE」は、三十六歳の契約社員畑山咲が、年下の先輩カヴァ智と交際し結婚を決意するまでを描く。智は「対人恐怖症」なので、電話を通してなら話せるこの仕事を続けている。咲がそんな智にひかれていく件はもう少し丁寧に描き込んでほしかった。それでも、通称「カヴァ」と呼ばれるプロバイダの電話サポーターの仕事の実態が細かく描かれ、専門的な内容も含まれるが最後まで読ませる。作者は若いとは言えない年代だが、若い読者にも訴える力がある。
 成田富月「つなぐ声」は、「NPO法人こころライン」に参加する相談員の姿を描いている。人の寂しさは百人百態。その「寂しさ」に、親身になって耳を傾ける活動は、現実にもおこなわれている。相談者とは個人的には会ってはいけない決まりだが、電話だけで済ませられない問題もあり、時にはその対応からトラブルが生じる。若い相談員が、それに巻き込まれながらも、結局対面で向き合って解決を探るところにリアリティーを感じた。

対象への厳しい批評の目を
                            能島龍三 

 今回の新人賞には、小説だけで72編の応募があった。社会と人間の問題を小説という形で見据え、自分の思いを表現しようとする人は依然多いのだとあらためて思う。ただ、読ませていただいた多くの作品に感じたのは、表現することへの意欲は強くあるが、書こうとする対象に真剣な厳しい批評の目を向けているのだろうかという疑問だった。なぜ自分はこの作品を書かずにいられないのかという問いかけが、そこにあるのかどうか。二次選考に残った作品にも、そう感じるものがあった。その中では、木曽ひかる「月明りの公園で」が、現実社会の厳しさを作品世界に引き受けて、必死で格闘している点が評価できると思った。この現実をどうするのか、答えは出ないものの、そこには厳しい批評精神がある。新人賞にふさわしい作品だと思う。成田富月「つなぐ声」は、安易な内面描写を避けた独特の文章スタイルに力を感じた。世の中からはじき出された人を見守る人々の温かさがいい。複雑な人間の内面をどう深く描き出すのか、それはこの人の今後の課題だと思う。野山あつむ「CAVA! カヴァーズLOVE」は、書き慣れた読みやすい文章で、インターネットの電話サポート職場の人間模様を描いた。小さな幸せの結末には好感を持ったが、人間が働き生きることの意味までも問う作者の目が欲しかった。入選しなかったが、渋沢祥代「バス旅行」にも好感を持った。しかし、看護師の主人公が、不妊を女性だけの問題のように捉えて苦悩する設定には疑問が残る。内田美子「ちいちゃんと海」は、津波で母親を亡くした幼女を引き取る伯母の思いを描いた作品である。重いテーマへの挑戦だが、小学校入学時に担任に事情を知らせていないことなど、設定に無理があったのが惜しい。その他、二次選考には残らなかったが、新谷弾「名前のない街」は、自殺者が集まる死者の街を舞台として設定し、現代社会と人間を考えさせようとするユニークな作品だった。死を選択した登場人物の苦悩が類型的なために、作品は軽くなってしまったが、民主主義文学にはこうした挑戦があっていいと思う。
 小説は、それを読むことによって、自ずと生きる意味を考えさせられるようなものであって欲しい。それには、現実社会とそこを生きる人間への、作者独自の批評眼が不可欠である。その目で題材とテーマをとことん見据えて、作品世界を構築したい。そして書き手には何より、作中人物と生きる苦悩を共にするような創作姿勢が求められていると思う。

ささやかで重い希望の手がかり
                           旭爪あかね

 木曽ひかるさんの受賞作「月明りの公園で」は、リストラに遭うまでエリートコースを歩んできた大輔が、要領が悪く自信を持てなかったり、刑務所帰りで辛抱のできない気質だったりする求職者たちを就労支援員として手助けするうち、時に手痛く裏切られながらも、みずからの苦労と重ね合わせて彼らの事情や心情を理解していく様子がよかった。
 大輔のなかで行きつ戻りつおこなわれる働くことの意味の問い直しが、読みどころと感じられた。田端課長の娘らしい姉妹との出逢いいは、やや偶然過ぎるが「勝ち組」「負け組」によらない苦労のかたちを大輔に教え、家族への愛情の示し方をも問い直させることになる田端の姿も、心に残る。
 成田富月さん「つなぐ声」の舞台は、NPO法人が生活や心の悩みの電話相談を受けているビルの一室である。つらい思いを抱えた人への接し方をめぐって相談員たちが問題にぶつかるたび、法人代表の河内が考え考え差し出す言葉とその差し出し方は、少なくない読者にとって、自身の悩みへのあたたかく的確な助言とも感じられるのではないだろうか。
 人物の動きが少ないにもかかわらず、作品の現代性と普遍性、実生活にも役立つ具体的で有用な記述が読み手を引っ張り、はじめて舞台がビルの外に移されるラスト近くの展開が鮮やかに効いている。重要な役割を果たす若井の社会的立場や相談員になったいきさつは、もう少しくわしく紹介し、地の文の描写を味わう楽しみも、もっと読者に提供して欲しい。
 野山あつむさんの「CAVA! カヴァーズLOVE」は、カヴァと呼ばれる電話サポートの仕事内容と心理を丁寧に描き、興味深く読ませる。現代青年の多くが抱える「仕事が不安定で結婚できない」という深刻な問題に、智に惹かれていく咲の言動を通して「いっしょに暮らす方が節約できる」「無理しない将来設計で今のまま一歩を踏み出す」道をひとつの可能性として提示し、現代らしいリアルな希望を感じさせた。強引なぐらい積極的な咲の人物像がいきいきと作品を牽引しているが、旧弊に囚われない印象の彼女が智より年上であることを気にする点が、都会が舞台でないとはいえ腑に落ちなかった。
 「寂しさ」に覆われた先の見えないこの時代に、人と人とがつながり合うことで生まれた希望の手がかりは、ささやかだからこそ重い。一方で、アスベストと原発の悲劇に通底する根源を探ろうとした三原和枝さんの「侵蝕」は、掘り下げが弱く問題提起にとどまったが、社会全体の構造をつかみとる小説の方法の魅力と価値を思い起こさせるものだった。 
 
 

第12回民主文学新人賞第一次選考結果について

  第12回民主文学新人賞は、小説72編、評論14編、戯曲7編の応募があり、次の作品が第一次選考を通過しました。最終発表および入選作品は本誌6月号に掲載の予定です。
 〈小説〉
内田美子「ちいちゃんと海」
木曽ひかる「月明りの公園で」
宍戸ひろゆき「福島アピール」
渋沢祥代「バス旅行」
島田たろう「我が腹からの叫び」
瀬川 浩「失われたわだつみ」
太刀川浅子「ハナミズキの道を」
成田富月「つなぐ声」
野山あつむ「CAVA! カヴーズLOVE」
三原和枝「浸蝕」 

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