第10回 「民主文学」 新人賞発表


笹本敦史「ユニオン!」が受賞

選考経過
 第10回民主文学新人賞は1月末日に締め切られ、小説89編、評論6編、戯曲4編の応募がありました。すでにお知らせしたとおり、第一次選考通過作は小説14編となり、3月28日、五委員出席のもとに選考委員会が開かれました。選考委員会は、まず、下記5編を最終候補作品として選び、最終選考を行いました。その結果、上記の受賞作を決定いたしました。作品は「民主文学」6月号に掲載されてます。

最終候補作品
  <小説>
   笹本敦史「ユニオン!」
   永澤 滉「霧の中の工場」
   三原和枝「ピアノの向こうに」
   望月笑子「無機質な腐敗」
   米重知聡「さくらのふるさと」

新人賞(記念品および賞金十万円)
  <小説>
    笹本敦史 「ユニオン!」
 ●1962年島根県生まれ。岡山県倉敷市在住
 ●受賞のことば
 法律が守られない職場、それを少しでも良くしていこうとがんばっている若者たちがいます。勝ち取れるものは決して大きくありません。それでもがんばり続けられるのは信頼できる仲間がいるからでしょうか。この作品はそんな彼らへの尊敬と応援する気持ちを込めて書きました。
 民主文学に参加して四年余りになります。刺激しあい、支えあう仲間がいることに感謝し、今後も努力し続けたいと思います。ありがとうございました。

佳作
 <小説>
   永澤 滉 「霧の中の工場」
    (1941年横浜市生まれ。東京都新宿区在住)
   望月笑子 「無機質な腐敗」
    (1973年岩手県生まれ。岩手県盛岡市在住)

 〔選評〕
 
新人賞にふさわしい作品
                                       石井正人
 労働運動と闘いを今日的状況の中で正面から描いた、民主文学運動の伝統に相応しい笹本敦史氏の『ユニオン!』に対して、選考委員会全員一致で新人賞を授与できることを嬉しく思います。
 最終選考に残った作品の中で、私は佳作になった望月笑子氏の『無機質な腐敗』と、米重知聡氏の『さくらのふるさと』に注目しました。
 職場のセクシャルハラスメントとの闘いは極めて現代的な重要な課題であると同時に、まだまだ理解の得られないデリケートな問題でもあります。いわゆる二次被害をはねのけて明らかにされるべきハラスメントの実態や、紆余曲折のある訴訟の実情など、説得的に描かれているとはこの作品ではまだ言えませんが、不十分な所は覚悟の上で、この難題に取り組んだ望月氏の姿勢を私は高く評価したいと思います。今後の発展に期待したいと思います。
 一方なかなかの技量で巧みに作り出された米重氏の爽やかで心温まる物語は、もし単発のテレビドラマででもあったなら民主文学でも高い評価を受けたに相違なく、リアリティやテーマ性とはまた別の次元で文学にとって大切な「物語の楽しみ」を思い出させてくれる良い作品でした。民主主義文学運動に新しい可能性を開いてくれる書き手として、今後の活動に期待したいと思います。

「小説とは何か」を考えながら
                                       稲沢潤子
 笹本敦史さんの「ユニオン!」は、新しい素材に慎重に挑んだ作品である。勇み足がなく、軽快な会話や小さな思いやりをふくめて、緩急よろしく個別配達という現場労働を描いている。生協のイメージダウンにつながりかねないという読みがあるなら、それは作品とは別の論議としよう。若者たちはドアからのぞく顔に誠実に対応し、独楽ねずみのように働き、ごくあたりまえの要求をもっているのだ。トラックから飛び下り、団地の階段を駆け上がり駆け下る場面や、手は仕事に集中しながらときに辛辣なことばを投げつける場面など、ウェスカーの芝居の名場面を想起させる。心理をちょっとした動作で描出するところも光っている。書きだしに少し肩の力が入りすぎたようだ。
 永澤滉さんの「霧の中の工場」は、特許一つを生命線として生きる零細企業への締めつけを描き、存在のユニークさとともに登場人物のまじめさが読ませた。現在に近いいまを設定していながら古色蒼然の感もするのは、話を組合結成ひとすじに絞りすぎたせいか。
 望月笑子さんの「無機質な腐敗」は入票が多かったが、私はあまり買わなかった。主人公は短大卒の女性だが、勘当までされて同棲した潤がその後ふっつり主人公の脳裏から消えることや、三年余にわたるセクハラの葛藤など、心理と行動が腑に落ちるように描かれず、文章にも不消化な部分があると思う。他の題材なら力が発揮されるかもしれない。
 選に漏れたが、瀬川浩さんの「密告」はよかった。低空訓練する米軍機に抗議する市民運動に、亡父の過去への探索を織りこんだ作品で、えてして説明的になりがちな市民運動をうまい人物配置で生きいきと描き、力量を感じさせた。ほかにも選を逸した作品に惜しまれるものがある。小説とはどんな非情な現実を描いても、そこに人間の温かさがあれば感動すると実感しつつ読ませてもらった。

青年労働者描いた三作に共感
                                         牛久保建男
 最終選考に残った五作は比較的早い合意になった。
 三原和枝「ピアノの向こうに」は3・11に材をとったものだ。五作の中では一番結構が整っているが、震災からかなり時間がたち津波による悲喜劇が多くの人の知ることとなったいま、そこからどう小説的主題を作り上げていくかということで、新味さが欠けていた。米重知聡「さくらのふるさと」は、音楽小説で気持ちよく読ませる。作者は作り上げた空想の世界で遊んでいるという感じで、そこに邪念はないから共感はできるが、物語の展開は恣意的過ぎる。
 青年労働者を描いた三作に共感した。その中で僕は望月笑子「無機質な腐敗」をおした。東北から派遣社員として神奈川の大手自動車会社に働く二十四歳の妙子が主人公である。使い捨ての存在の派遣社員の仕事、正社員への登用を信じ「無機質な歯車」のひとつとなって、しかし暑い現場で頭から水をかぶって意欲をもって働く妙子の姿と思いがよく描かれている。妙子がセクハラを受け訴訟をおこしてたたかう展開に、小説的説得力が欠けているという点では、私も同感だ。その上で五作品の中ではとりわけ作者の強い思いを感じそのことを大事にしたいと思った。しかし他をおしのけてまでというわけにはいかなかった。
 受賞作の笹本敦史「ユニオン!」は、生協の配達を請け負っている会社で労働組合を作る話である。青年労働者の働く姿、顧客への思いなどがリアルに描かれている点がいい。配達軒数が増やされ、低賃金、休みをとることもままならず、職場状況への不満が鬱積するなか、生協関連ユニオンの働きかけを受け、支部を結成するまでの展開を生きいきと描いている。働く青年たちにとって労働組合とは何か、作者はそのことを深く考えようとしている。
 永澤滉「霧の中の工場」は、利根川河口の近くにある醤油会社の経営危機にともなう労働組合結成の物語である。興味深い題材をよく描いているが、携帯電話があるわりにはどうしても一時代昔の世界のような印象が強く、裏社会と思える「相談役」がでてきて収束をはかり、それに組合も同調していく結末には、物足りなさを感じた。

時代を切り拓こうとする思い
                                          乙部宗徳
 今回の応募作は九十九篇で、これは第一回の百十九篇についで多い。最初の読みでは、多様な題材が扱われていると感じていたが、他の選考委員の評価も経て第一次選考を通過した作品には、たたかいを描いたものが目立った。そこに現状を打開するために、人びとが結びついていかざるをえないことを描こうとする書き手の強い思いが感じられた。
 新人賞と佳作の二作が、結果的に労働組合づくり、非正規雇用の労働者のたたかいと似通った題材を扱ったものになったことは偶然だが、紛れもなく今日の時代の反映がある。
 笹本敦史さんの「ユニオン!」は、最初に読んだ時点から、最終選考に残るだろうと予想していた。選考会には、私は、この作品を推したいと思って臨んだ。配達作業の場面はやや長いが、主人公の仕事への思いがよく出ている。登場人物の前職を通して若い世代の苛酷な労働の状況もとらえられ、長く働き続けられる職場を求めて組合を結成する過程が説得力をもって描かれている。それがセンターで働く全員が組合に参加することに繋がったと読める。生協が配送業務を委託している会社を舞台として限定したことは、作品世界を構築しやすくしたが、今後は書きにくいところも恐れず、大胆に挑んでほしい。
 望月笑子さんの「無機質な腐敗」は、軸になった裁判闘争の素材が生きており、これを書かなければという作者の思いが伝わってくる。表現や小説としての構成など、工夫すればさらに良くなったとも思うが、小説という形式が本来もつ自由さも感じさせた。
 永澤滉さんの「霧の中の工場」は、零細な醤油会社と一手契約している卸売会社との関係を入れるなど、作品に奥行がある。ただ、「労働者の権利擁護は国政レベルの力に頼るしかない」ということが結論的に語られているために、いかにも諦観しているかのようで作品世界を縮こまらせてしまった。正子の堂々とした態度の根拠も描いてほしかった。

若者と労働の場、生き生きと
                                          田島 一
 一次選考通過十四作品から最終選考に残したい五作を絞り込み、甲乙つけがたい気持ちを抱きながらも私は、笹本敦史「ユニオン!」を授賞作に推すことを決めて選考委員会に臨んだ。評価が割れるのではないかと案じていたのだが、意外とすんなり決まった。今回、入選・佳作で労働者の問題を描いた作品が揃ったことは、偶然というより、この国の実態を反映した結果として首肯できるし、私としても嬉しい限りであった。
 「ユニオン!」には、生協における商品配達の現場、若者の苦悩や労組づくりに向かう姿が、実に生き生きと描かれている。配達を請け負う会社や上司の描き方にやや類型化がみられるのが気になったが、アクティブな青年群像をここまで描出した努力を多としたいと思った。
 粗削りだが、派遣労働者へのセクハラ事件を通して、今日の大企業の腐敗の実相を読み手に投げかけた、望月笑子「無機質な腐敗」からは、作者の強いモチーフが感じ取れた。女性主人公と派遣先の管理職との関係など、形象の不足は否めないものの、作品全体にみなぎる力が選者を動かしたのだろう。技術を有する中小企業の合併問題や労組づくりの過程を描き、登場人物を個性的に捉えた、永澤滉「霧の中の工場」には惹きつけられるものがあった。
 惜しくも選外となったが、三原和枝「ピアノの向こうに」は、そつなくまとめていて構成も際立っている。しかし、3・11後に着目して何を伝えようとしたのか、その根幹にあるものが私にはよく分からなかった。最終選考まで到らなかったが他に、若い女性教師が障害を有する生徒と向き合う日々を描いた、鳳夏海「緋沙の海」が印象に残った。
 本賞の第一回の選者を担当したのだったが、奇しくも十回目の選考に関わることとなり、感慨深いものがあった。授賞者のこれまでの活躍を見るにつけ、あらためて民主文学新人賞の持つ重みを痛感させられた次第である。
 
第10回民主文学新人賞第一次選考結果について

 第10回民主文学新人賞は、小説89編、評論6編、戯曲4編の応募があり、次の作品が第一次選考を通過しました。最終発表および入選作品は本誌6月号に掲載予定です。

 〈小説〉
   望月笑子「無機質な腐敗」
   栗木絵美「虹をかける」
   瀬川 浩「密告」
   宍戸春雄「山里の『湖底資産税』」
   里村 徹「型紙返上」
   永澤 滉「霧の中の工場」
   笹本敦史「ユニオン!」
   鳳 夏海「緋沙の海」
   透夜「遠景」
   和田中海「忘れてはいけない」
   石垣あきら「千代さんのピアノ」
   米重知聡「さくらのふるさと」
   三原和枝「ピアノの向こうに」
   青木資二「ねじを巻く」

民主文学新人賞 に戻る