「作者と読者の会」 2022年06月号



 第十九回新人賞受賞作品の「作者と読者の会」は、五月二十日(金)の午後六時から十九人の参加で行われた。司会は牛久保建男編集長。  

 最初に、小説部門で史上最年少受賞となった上村ユタカ「なに食べたい?」について、能島龍三氏が報告。貧困の中で「お金を使うのが怖い」という強迫観念に囚われ、時に飢餓状態に陥るような生活を送る女子大学生と、フードバンクプロジェクトで出会った男子学生との、性的関係でない食べ物を介しての豊かな交流が描かれていて「個食」の時代に食事を共にすることによって、心の抑圧を溶かし「人間っていいな」と思わせつつ、様々な問題意識が突きつけられている作品である。作者は、自身の感情をごまかさず、自己凝視、自己省察ができる作者だと感じるとあった。  

 討論では十人の発言があった。従来の固定観念を超えた若者らしい問題提起に満ちた作品であり、若い世代の中で、作者の立ち位置に共感する意見が多かったことや、社会性のある励ましに満ちた作品であるなどと高く評価された。  

 作者からはスーパーなどで、気軽に物が買えない自分自身をかなり投影した作品であり、ある時、友人が作ってくれた〝おにぎり〟の美味しさに感激して作品に仕上げた。周りの学生もそうであるが、自分自身も政治を変えようと頑張る人たちに対しては眩しくてちょっと引く感じがある。次回はそのような問題意識にも取り組んでみたいとあった。  

 次に中井康雅「葉山嘉樹と多喜二─プロレタリア文学の結節点」を岩渕剛氏が報告。評論部門で初めての受賞はとても喜ばしいとのあと、一九二〇年代から三〇年代のプロレタリア文学運動を牽引した二人の作家の生き方を考えるものである。それは、戦時下という時代性(プロレタリア文学運動は分裂していた)、十歳という年齢の差、二人の出発点、葉山嘉樹の「転向問題」、拷問による多喜二の死などに触れながら、二人はお互いに敬意をもって作品に対していたと論を進め、現代への課題として「共闘」という観点も押し出されていると報告された。  

 討論では五人から発言があった。簡単に戦争になびくような風潮の現在、葉山の「転向問題」が改めて身近に感じられ、また葉山と多喜二の二人の関係性から見ることで、その時代が立体的に捉えられたなどの感想が述べられた。  

 作者からは四十二年前の卒論のテーマ「葉山嘉樹転向研究」が、自身の中で長い間、未完の評論として心に残っていた。教職を退職後、新たに書き直したい要求に突き動かされ、書き進めるうちに、二人の敬意ある関係性を意味付けたいと思ったとのべられた。 (松浦佐代)
 
「作者と読者の会」に戻る