「作者と読者の会」 2021年11月号



                「作者と読者の会」

十月二十九日(金)午後六時より、オンライン会議で開催。杉山成子「忘れ物は重かった」を青木陽子氏が、田村光雄「全金通りの人々」を桐野遼氏が報告。司会は牛久保建男氏。事務所参加三名、オンライン参加九名。

 「忘れ物は重かった」について青木氏は、新人賞受賞第一作だが、ここでは連作とは捉えず、この作品のみで考えたいと切り出し、両親の離婚により父と母への思いに引き裂かれている洋介の心の内を知り、息子の痛みに誠実に向き会おうとする映子の思いが主題はである。全体が映子の「語り」で展開する文体で、読者は映子の感覚・感情に従わざるを得ない。「あなた、わたしを捨てたでしょ」という衝撃的な洋介の言葉が映子に生じさせる寂寥感、洋介の心にもある虚無感を感じた。和夫と昭彦の人物像が掴みきれない恨みが残った報告した。
 討論では、自身の体験に重ね合わせて読んだが、本音ではもっと深い恨みがあるではないか。本作の離婚の原因となった夫の暴力について、もっと重視する必要があるとの意見が出た。
 作者は、その時に最善の選択をしたつもりでも、別の視点からは痛みを突きつけられる。人生とは、そのようなものだという映子の思いを伝えたかったが、伝えきれなかったようだと語った。

 「全金通りの人々」について、桐野氏は、集団就職、ベトナム戦争反対、朝日訴訟の勝利など民衆の力に彩られた1960年代の時代紹介から始め、主人公の目方が、中卒で就職した典型的な真面目な青年であり、労働組合の分裂攻撃との闘いと民代との恋がうまくかみ合って、好感の持てる作品だ。構成の面では、5章、6章、7章でクライマックスが分散していると報告した。
 討論では、ユーモアもあり読後感のよい作品だが、日付の整合性に問題がある。50年代、60年代は青春の時代だ、今の時代を励ましている。半世紀前の時代であり、この時代を知らない人も多くなり、時代小説とも言える。時代を超えて通じる普遍的な人間の姿を描いて欲しいとの意見があった。
 作者は、全金通りを書いたらという示唆があり、記憶をパッチワーク的に組み合わせて、民主文学的な作品を書いた。笑いを三ヶ所入れた。笑いの要素は、小説に必須だと思うと語った。
                  (最上 裕)

 
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