■ 「作者と読者の会」 2021年09月号■
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「作者と読者の会」
九月三十日(木)午後六時よりオンライン十四名、事務所二名、計十六名が参加して開催された。最初に九月号巻頭、かがわ直子「ラストステージ」を乙部宗徳氏が報告。司会は牛久保建男氏。
乙部氏は「ラストステージ」についてレジュメに沿って解説した。作品は吉本正明が主人公であるが、正明の目を通した松井信三を主に書いている。松井は肺気腫を病む八十二歳の高齢者である。二〇一九年、四年に一度のいっせい地方選挙の年だ。共産党の選挙活動に取り組む松井は保守の地盤が固い中、地域の人々に受け入れられてゆく魅力的な人物である。彼の口癖は「これが俺の最後の選挙だからな」、「出たあ」と支部のメンバーは笑い声を立てた。松井は自分の「余生」はどうあるべきかを考えている。松井の住み所である賃借の小屋に共産党のポスターを堂々と貼っている。
松井は地域の党活動を楽しんでいる。彼は四大証券会社の一つの営業マンであったが、リストラ振り分けの部署に選ばれた。その仕事に疑問を持ち、希望退職した。松井の魅力は謙虚であり気骨のある善意にあふれた老人であることだ。作品はよく描けていると好評価であった。彼の思想は「人間てやつはやっぱり、いつもむれていたいんだよ。それも気心の知れた仲間とね」という言葉である。倉園沙樹子「誠太郎の判断」について能島龍三氏はレジュメに沿って解説した。原爆投下時に広島市街での建物疎開に動員された生徒たちを空襲にあわせる「胸騒ぎ」から、辞職覚悟で出発させず、結果的に彼らの命を救った教頭の苦悩・葛藤と、そのことを通して、絶対主義的天皇制下の教育の非人間性を浮き彫りにしようとした。一瞬にして七万数千人の人を焼き殺した広島における原爆の悲惨を知っている者からすると、誠太郎は命令に背いたが生徒たちが救われたということには「ああ、一校でも、こういうことがあってくれてよかった」と安堵し、誠太郎の決断にエールをおくりたくなる。これは軍国主義一色の典型的でない人道主義精神にギリギリのリアリティーがあると能島氏は述べた。さらに実在した鶴見橋でなく架空の場所にすべきではなかったか。創作によって歴史が塗り替えられる可能性を指摘。倉園氏はこの点同調された。
能島氏は戦後生まれの作者が取材と調査でここまでリアルな作品世界を構築したことに、心から敬意を表したいと結んだ。
(坂田宏子)