「作者と読者の会」 2021年06月号



                「作者と読者の会」

六月号の「作者と読者の会」は五月二十八日(金)に第十八回新人賞受賞作、佳作の三作品を対象に行われた。報告者は、杉山成子「誰もこの涙に気づかない」を能島龍三氏、梓陽子「バルハシ湖の黒い太陽」を工藤勢津子氏、三富建一郎「引き継ぐべきもの」を宮本阿伎氏。司会は牛久保建男氏。ズームで二十一名、会場参加五名の二十六名が参加した。
 「誰もこの涙に気づかない」について能島氏は次のように報告した。夫のDVから逃れ自立してゆく女性の姿を描いている。決別の葛藤、悲しみや苦しみを越えてゆく姿を、強いモチーフで緊迫感を持って描かれている。課題として主人公の映子の形象に比べ、夫の和雄の視点になったとき、リアルさが薄れつくられた感がするなど、視点の揺れがある、と報告した。
 討論では、「共感を持って読んだ。自立の過程を描くのはつらい思いもして頑張って書かれたと思うが、励まされた読者もいたのではないか」、「自分の中の『和夫』をみつめさせられる思いだった」、「もう一つ希望が感じれない重さがあった」などの意見が出された。
 作者は、「自分より弱い立場のものを支配する、その行為を許した主人公の悔み、子どもに対する悔みなどが、作品を重くしたと思う。受賞を励みに今後も頑張りたい」と述べた。
 「バルハシ湖の黒い太陽」について工藤氏は、シベリア抑留の事実を埋もれさせてはいけない、国の「棄民」政策は絶対に許してはならず、究明・追及し続けなければならないという強いメッセージを発した作品であるとし、随筆風な作品となっているが、父親の抑留地を訪ねる紀行文に終わることなく、抑留の背景となった為政者の身勝手な政策にも筆を及ばせ、国の「棄民」政策を告発する内容ともなっている、と報告。生前の父の姿などが説明ではなく、場面としてもっと描写されていたら、抑留者たちの無念さが読者の胸に強く迫ったのではないか、と問題提起をした。
 討論では、「湖でのナマズと黒い太陽が象徴的に配置されていて、印象深い作品となっている」、「歴史の記録としても貴重な作品だと思う。父親がどんな人間でだったのかをもう少し描いてほしかった」などの意見が出された。
 作者は「『抑留』や『引き揚げ』などを知らない世代が多くなるなかで、『引き揚げ』を体験し、父の『抑留』の経験を知っている自分たちの世代が語り、広げなければならないと思って、以前から同人誌などに書いてきた」と述べた。
 「引き継ぐべきもの」の報告で宮本氏は、外国を舞台に食事会でのシーボルトをめぐる女性たちの話から、日本の女性の歴史について、戦争責任をどう引き継ぐかの話などディベート小説となっているが、ドラマチックな展開もある。戦争責任をどう引き継ぐかは新しい視点を有し、読みごたえがある。静江の描き方が優れている。日本とドイツの違いが登場人物の考え方の違いによって明らかにされ、日本のジェンダー平等の考え方や過去の戦争への考え方照射される新しい視野を提供する小説となっていると報告した。
 討論では、「登場人物の個性が生きている。特に静江像がいい。戦争に対す日本とドイツの考え方の違いがよく描かれていると思う」「信二の女性観、静江観が変化していくのがいいところで、手慣れた書き手のように感じた」などの意見が出された。
 作者はドイツ・ハンブルクからズームで参加、「ドイツと日本の戦争責任について追求したかった。静江に対する信二のとらえ方が少しずつ変化していく設定にして深めようと思って書いた」と述べた。 (高野裕治)     

 
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