「作者と読者の会」
三月二十六日(土)、四月号「若い世代特集」五作品を取り上げて「作者と読者の会」が開かれ、二十一人がオンラインで参加した。司会は牛久保建男氏と高野裕治氏。松本たき子「ある夫婦の話」を橘あおい、空猫時也「風渡る野に線路は続く」を北村隆志、細野ひとふみ「コロナ禍前夜」を松田繁郎、秋吉知弘「飛ばない鳥」を松本喜久夫、上村ユタカ「偽物」を石井正人の各氏が報告した。
「ある夫婦の話」について橘氏は、「家事や育児における夫婦間の不平等や、職場のジェンダー差別について女性の視点から克明に見つめた作品で、貴重なテーマだが、最後の急展開で提起された問題がすり替わる印象がある」と報告した。参加者から「ジェンダー差別と働き方という問題に果敢に挑戦した作品だった」など意見が出た。作者は「ジェンダー差別について男性にも問題意識をもってほしくて男性読者を意識して書いた」と語った。
「風渡る野に路線は続く」について北村氏は、「書き出しからテンポよい文章で書かれ引き込まれる。主人公の挫折から、文学が力となり冒頭にある自分の使命に気づいていく物語で、非常に説得力がありよかった」と話した。参加者は「この作品からたくさんの勇気をいただいた」など語った。作者は「僕のつらかった経験を今似たような境遇で悲しんでいる人に伝えたくて書いた作品。もっと一歩一歩進んで豊かな世界観をもった作品を書いていきたい」と話した。
「コロナ禍前夜」について松田氏は、「屋根裏空間の麻雀を打つ様子や会話から、過酷な競争を強いられている酪農家の現状が見える。読みどころが満載だが、麻雀の知識のない読者にはわかりにくいかもしれない」と指摘した。参加者からは「改稿され、若い世代の文学研究集会の時よりわかりやすくいい作品になった」など出された。作者は「酪農現場で働いている人がどんな思いなのか伝えたかった」と話した。
「飛ばない鳥」について松本氏は「引きこもっている主人公の心の葛藤などが非常にリアルに書かれている」とし、いわゆるサンドイッチ方式の構成が必要だったか、また主人公の引きこもりの原因をもう少し書き込む必要があったのでは、など問題提起した。参加者から「引きこもる原因が書かれていると、なぜ『ねじれ』という言葉で主人公が再生していくのかを描けたのではないか」など意見が出た。
「偽物」について石井氏は、この作品はシュルレアリズムという技法を用いた実験的要素の強いものと紹介。コロナ禍で浮き彫りになった、これまで当たり前だった「社会性」の、もろさや問題性を深く認識し、新しい社会性をどこに求めていくのかを問う、みずみずしい作品だと報告。参加者からは「学生の置かれている現状を見つめて書かれている。『社会性』について考えさせるものだった」など感想が出された。作者は文書発言で、オンラインでしかつながらない先生や、学友、この人たちは本当に存在しているのかという感覚を描いたとのべた。
(秋吉知弘)
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