「作者と読者の会」 2021年01月号



                  「作者と読者の会」

一月二十二日(金)、一月号と二月号掲載の二作品についての「作者と読者の会」が行われた。事務所での参加二人、Zoomによる参加十二人。司会者は牛久保建男氏。
 まず、横田昌則「花のない風景」について、浅尾大輔氏が報告した。本作はミステリー風短編であり、会話に「」とーを巧みに織り込み演劇的手法で展開し、リズム感に充ちた空間を創り出している。物語の中に成立している集団がどんでん返しと大団円へと導き、読み手を真実に誘う作品、と述べた。
 参加者からは、次のような意見が出された。
母の願いを背負って生きる軽度の知的障害者を軸に、踏まれる雑草たちのために植木鉢を探そうとする人たちの、時代に真っ直ぐに真向かう姿が描かれている。他者に寄り添う姿がトーンダウンすることなく、奥行きのある筆致で描かれていて感動的な小説だ。主人公の成長物語でもある。また、クロックという呼び方が解りにくい、雑草は花を咲かせるので、タイトルと結びつきにくいのではないか、という意見が出た。
 作者の横田氏は、今後も小説だからこそできることに挑んでいきたい、と語った。

 ついで、宮腰信久「不思議な学校」について風見梢太郎氏が報告した。本作はクライバースクールの魅力を描き出し、受験教育を批判し、多くの読者に衝撃を与えた。その一方、実在のものを描く困難と制約が見られる。授業や実践報告はともすれば成功体験になりがちだが、生徒の立場から書くことによって森与志男氏(元文学会会長・故人)はそれを乗り越えた。小説は愛と苦悩を描くものではないか、などと問題を投げかけた。
 参加者からは、活発に意見が出された。教育とは、学校とは、と考えさせられた。筆力がある。我が子が不登校だったときのことを思い出した。現実の学校現場には変形労働制が押し寄せているが、タイトルどおりの不思議な学校の様子が描かれていて驚いた。組合色について、飛島正恵がなぜ「原爆許すまじ」を生徒の前で歌ったのか、彼女に対する主人公の違和感について小説ならではの葛藤を描いてほしい、主人公を三人称で書けば客観性が出たのではないか、芸術についてさらに深めてほしかった、などの意見が出た。
 作者の宮腰氏は、不思議な学校と出会った驚きや、教育とは何か、ということを書きたかった、と語った。                                   (柴垣文子)        

 
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