「作者と読者の会」 2018年3月号


     作者と読者の会
 二〇一八年二月二十三日、三月号の二作品を取り上げて合評した。司会は宮本編集長。参加者は十一人。

 須藤みゆき「春の音楽祭」について、松井活氏が七千二百字に及ぶ原稿に基づき四十分かけて詳細な報告を行った。松井氏は、須藤さんが過去五年ほどで発表した「ミドリの願い」から「月の舞台の向こう側」に繋がる作品群に通底する主題は、貧困ゆえに苛酷な労働の果て死んでいった母を「自分のせいで死んだ」と思う主人公が、自己否定の罪障感を克服しつつ、母に感謝し自分の再生を目指すことにあるのではないかと分析。本作は「それはあなたのせいではありません」と否定する阿久井の言葉によって、貧困を生み出す社会的矛盾に対するまなざしの芽生えを描いたと結んだ。

 「連作的な作品なので前の作品を読んでない人は話がわからないのではないか」「初めて読んだので人間関係がわからず苦労したが、前を向いて少しでも歩いていこうとする主人公に生きる力を感じた」「主人公が大人になり、薬剤師になって自己を肯定し、政治に目覚めて貧困の真の原因を知り、たくましく生きていく。そういう主人公の成長する姿を読みたい」などの感想があった。

 須藤氏は「支部誌・同人誌委員会の一員として、多くの作品を批評しているが、自分の作品が批評され、読者からどのように読まれているのか客観的にわかって、とても勉強になりました。連作の繋ぎ方の難しさが改めて認識できました」と述べた。

 永澤滉「分断と共同」を岩渕剛氏が報告。永澤氏は二〇一三年「霧の中の工場」で民主文学新人賞佳作、創作では一四年十月号の「赤い万年筆」以来の登場。岩渕氏は、作品は刑事訴訟法の改定という難しい問題に挑戦した意欲作で、取り調べの部分可視化は冤罪を生みかねないことを例証して、人びとが分断に追い込まれようとしているときに、新しい共同のあり方が模索されるべきではないかと、いわゆる保守といわれる人たちとどう繋がっていくのか問い掛けている、と報告した。

 「刑訴法の問題が詳しく論じられていて勉強になった」「松本清張の『日本の黒い霧』を思わせるミステリアスな小説で面白かった」「三鷹事件の現場に行って歩いて調べて書いており、リアリティがあった」「永澤氏は前作でも労働者階級ではなく、やや裕福な企業経営者夫婦を登場させていて作風がユニークだ」などの感想があった。

 永澤氏は「長沼ナイキ基地訴訟、栃木県今市市女児殺害事件、三鷹事件などを題材にして、刑訴法改定問題に絡めて市民運動の分断と共同の課題を考えてみた。三鷹事件は現場に行って跨線橋に上がるとき、ここに太宰治がのぼったことを知るなど新しい発見もした。労働者の視点ではみんなが書いているので、私は経営者側の視点で書くのを試みているが、私はセレブじゃない」と述べた。岩渕氏が太宰の資料を探して見つけたと、新潮社の「文学アルバム」に三鷹の陸橋に立っている太宰の写真を紹介するなど、意外な話題もあって会は盛り上がった。                                         (大石敏和)

 
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