「作者と読者の会」 2016年8月号 


 
 七月二十九日(金)、最上裕「海辺の正月」と内田美子「結衣ちゃんと海」(ともに八月号)をテーマに、スカイプ参加を含め十名の参加で行われた。
 「海辺の正月」については櫂悦子氏が詳細なレジュメに基づいて報告。櫂氏は、この作品は、都会で暮らす息子が、自然に囲まれた郷里に帰郷し、そこに住む年老いた父と交流する中で、二人の間に横たわる郷里の根強い風習や道徳、息子の今後の働き方など諸々の問題に向き合う姿を描いたものであると指摘。父子それぞれの思いや相互の食い違い、郷里の町の情況はよく書かれているが、主人公である息子繁の葛藤が十分に描かれていない憾みがあると評した。
 討論では、田舎から出て都市で働いている息子と田舎にいる父親との感じ方の違いがよく出ていた、この作品の主題は、好悪両面を持つ〝ふるさと〟や〝親子〟それぞれを見詰め、父子関係の微妙な変化にも気づきながら、帰るか残るかを決めかねてたゆたう繁の内面をそのまま描いたものではないか、など活発に意見が交わされた。
 作者からは、故郷はずっと重いテーマで、都市と田舎、世代差の中で心を通わせる難しさと喜びを書きたかったとの話があった。
 「結衣ちゃんと海」について報告者旭爪あかね氏は、レジュメに基づき、東日本大震災の大津波に母親がのみ込まれる光景を目にした幼い子ども結衣が心に受けた深い傷の姿とともに、母方の伯母紀子の許で暮らす中で飼犬のリンに癒され、さらに養子となって生活を重ねるうちに少しずつ傷を癒していく過程が、随所に描かれた結衣を抱きしめる紀子の深い愛情表現とともに伝わってくる作品だと評した。その上で、出稼ぎ中だった結衣の父親や結衣の幼稚園のお友だちの母親などとの関係、結衣を二女として迎える紀子の家族の物分りの良さなどに疑問も残ると指摘した。
 討論では、傷を負った結衣が紀子の愛情で再生して行きながら、最後まで紀子を「おばちゃん」と呼んでいる描写にリアリティを感じた、読んでいてその温かさに涙が出たという感想の一方で、結衣を手放す父親信雄の心境がいかなるものか、そのプロセスをより自然に描く必要があったのではないかなどの意見も出された。
 作者からは、震災後の田老地区を見て何かできないかと思い、モデルのないまま何度も書き直してできた作品との話があった。
    
 (松井 活) 
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