「作者と読者の会」 2015年12月号 


 
  十二月十二日(土)午後二時より、文学会事務所で開催。河野一郎「青いチマ・チョゴリ」、國府方健「見えない男」を工藤勢津子氏が、希楽生代「綺麗な手」、穐山巌「囲炉裏端」を田島一氏が報告。司会は旭爪あかね氏。参加者二十二名。支部誌・同人誌推薦作が入選した支部のメンバーが参加して盛況であった。
 「青いチマ・チョゴリ」について工藤氏は、純粋で真摯な心を持った主人公の感性を、気負いのない良質で濁りのない文章で掬いあげた点が、この作品の魅力と評価。ただ、春枝の形象に彫り込みが浅く、物足りなさを感じたこと、「帰国運動」については、少年の視点と四十六年を経た大人の視点では、異なる時代認識が求められると報告した。討論では、今の時代だからこそ書かれなければならないテーマだ。サンドイッチ構成ではなく少年の目に徹した方がよかったのではという意見がでた。作者は、民主文学会に入って三年、六作目だが、朝鮮への差別と修の成長をテーマとしてきた。植民地化で自国の言葉を奪われてきた春枝には、母国語でのあいさつは反撃であり、ハングルである必要があったと語った。
 「見えない男」について工藤氏は、「合理化」を推しすすめる会社の論理、実態を描くテーマに挑戦しており、読みやすい文章で、事象の流れが自然に描かれて中盤までは引き込まれたと評価。しかし、現代の「合理化」での複雑であろうと思われる労働者の心理描写が類型的な印象を受けたこと、横山の傷害事件で会社がリストラを中止する筋運びは安易で肩透かしを食らった思いがしたと報告した。討論では、構成がよく考えられている。横山の内面、家族を描いたらよかった。最後に希望を描くのが民主主義文学だが、あからさまな希望を描いてよいのか、希望の描き方が気になったとの意見があった。作者からは、作中の各人物を主人公にした続編を構想中との言葉があった。
 「綺麗な手」について田島氏は、若い女性が未来への希望を見つけようと葛藤する姿を描いた。現実を見る主人公の素朴で澄んだ眼差しが魅力と評価。ただ、後輩である夢の内面にも迫れたはずだが、夢の人物像が描き切れていない。また、手で人間の尊厳を表すのには、異論があるのではと報告した。討論では、菜々美に親切な夢が派遣者にはひどい言動をするので、夢の人格が浮いている。夢の形象が極端だったが、事前の支部合評で角がとれた。手を象徴にしていて、切り口にセンスがある等の意見があった。作者からは、同じ仕事をして、正規と非正規で、なぜ待遇が違うのかと常に疑問に思ってきた。自分の働いている職場もひどい状態でリアルに描くと支障が出るので、他の職場に置き換えて書いているとの言葉があった。
 「囲炉裏端」について田島氏は、夏の囲炉裏端で蝉の幼虫を食らう奇人の二人を通して、現代農村の現状を味わい深く描いている。情景が目に浮かび、農業論、人間論が語られ、文明批判になっていると報告した。討論では、小説の面白さがある。楽天的な農民の姿が描かれている。奇人、変人を主人公にすると、小説が面白くなる。冒頭からギョッとさせる描写があり、農村の厳しい現実をおもしろく読ませる。最後の「今更じたばたしても仕方がねぇ」というのも一つの生き方で共感を覚えるとの意見があった。作者からは、蝉の幼虫を食べたのは二十年前で、小説に書くのに十年かかった。自分は民主文学では異端だが、小説は読んだ人に印象を残すのが大事だとの言葉があった。
        
        (最上 裕)
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