「作者と読者の会」 2014年8月号 



 七月二十五日(金)午後六時より文学会事務所で開催。高橋英男「鍵屋のお爺さん」を最上裕氏が、寺田美智子「墨ぬり」を丹羽郁生氏が報告。司会は乙部宗徳氏。十一名参加。
「鍵屋のお爺さん」について最上氏は、和男とお爺さんの交流が情感豊かに描かれ、心温まる秀逸、やることもなく顔見知りもない都会で孤独を深める老人の姿は、現代の介護問題にも通じる、人として忘れてはならない大切なものがあることを筆者は描いているのだろう、最後は現在の和男の視点で描かれているが小説の余韻が減じないか、と報告した。
 討論では「少年時代の人間との出会い、忘れられない生活がよく描かれ、戦後経済成長の下で衰退・変容した原風景に光を当てた作品」「最後の和男の視点で描かれた描写は作品の質を高めている」「なくてもよかった」「作品の途中に入れてもいい」「爺さんの生き方をどう描くかで構成を考えることも必要」などの意見が出された。作者からは仕事がなくなる現代、人との関係がなくなると生きる目的が失われる、老人の生き甲斐や役割を考えて描いてみたとの説明があった。
 「墨ぬり」を丹羽氏は、戦後の民主化に動き出す前の心の空白を抱えた教師と子どもたちの忘れられない時代を丁寧に描いている、登場人物を無駄なく使った作品、過去の時代をリアルに描く作品の力がよく発揮され、短編の中で当時のことをよく織り込んで描いた努力を称える、と報告した。
 討論では「作品としては珍しい墨ぬりの状況が、当時の教師や子どもたちの戸惑い、心の揺れとともによく描かれている」「資料の少ない当時の様子をよく調べている」「安倍政権により再び戦争をする国への暴走、愛国心や侵略戦争賛美の教科書が出回る危惧も感じ、また墨ぬりもしかねないような今日、意義の高い力作」「最後に教科研の平田が出てきて教えられた描写だが、小説として弱くなり、京子の内面の葛藤を押し通して描くのもいい」などの意見が出された。作者からは授業で子どもたちが感動をしたものを墨ぬりさせ、教師を続けていけないという思いを描きたかったと付け加えられた。 
                                          
 (青木資二) 
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