「作者と読者の会」 2012年5月号 


 
  四月二十七日(金)午後六時半より、文学会事務所において開かれた。五月号の鶴岡征雄「小説・冬敏之」と、間宮武「匹夫の勇」をテーマに全体で十二人が参加した。報告は新船海三郎氏と宮本阿伎氏、司会は乙部宗徳氏が担当した。
 新船氏は「小説・冬敏之」について、小説家の冬がどういう思いで小説を書き、どんな人間だったのかを追求した作品であると報告。作者は冬敏之の文学活動に同行して感じたことを綴り、冬が療養所から出て社会復帰をして、小説を通じて国のハンセン病政策と敢然と闘う姿を描いているとも述べた。作者が多喜二・百合子賞を受賞させたいと願っていたことのほか、冬にとって多喜二・百合子賞は国のハンセン病政策に対する闘いの社会的認知を得る意味があったとし、久しぶりにいいものを読んだ感じがすると報告をまとめた。
 参加者からは、作者の冬への思い入れを感じる、冬敏之の人間像が見えてくる、などの感想が出された。さらに、作者はこれを書かなければ死ねない、この作品で終わりにしてほしくない、ハンセン病に対する偏見は続いている、冬と嘉子夫人の結婚式前の嘉子夫人の父親の死など深刻に読んだ、などの意見や感想も出た。嘉子夫人は冬敏之のどんなところを好きになって結婚したのかが書かれていないという意見もあった。
 作者の鶴岡氏は冬敏之について、無口な人だったこと、棺の中でも背広にネクタイ姿だったこと、ハンセン病文学と言われることが嫌だったことなど、その人柄やエピソードを詳細に語った。また、冬敏之が遺言として伝えたかったのは何かとして、明智中の生徒や、読書感想文「絶望の中から生まれたもの」を書いた佐藤美奈子さんと出会ったことで、やさしさや思いやり、生きることの大切さだったのではないかとも述べた。
 間宮武「匹夫の勇」について宮本阿伎氏は、直木賞作家の山口瞳氏の小説を引用しながら自分の人生を綴っている作品であると報告。A4用紙三ページにもなるレジュメを配布し、匹夫の勇(ひっぷのゆう)という言葉の意味や、山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」などの作品を引用して報告したほか、作者・間宮武氏の文学活動についても詳細に紹介した。 
 宮本氏の報告に対する質疑と討論は二次会の場に持ち越すことになり、時間不足を惜しみながら会は終了した。 
     
 (高橋英男) 
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