「作者と読者の会」 2012年3月号 


 
  二月二十四日(金)、文学会事務所に於て、三月号から、たなかもとじ「誓いの木」と、牛尾昭一「軍港」をテーマに、十七人の参加で行なわれた。
 新人賞受賞第一作となった、たなか作品についての報告は小林昭氏。開口一番「いい作品でした」ではじまり、息子の事故死という事実と、それに対する親の内面が、冷静に、よく言葉を選んで的確に描かれていると高く評価。小説にとって大事なこととして、作者が主人公の「私」をもう一度生きてみようとして書いていることを挙げ、消えることのない悔しさ悲しさを抱きしめて生きていこうとしていることで、読者に向かっても生きる励ましがあると述べた。そのうえで氏は、作者の体験が描かれていることについて、深刻な体験は三年以上の時を置いた方がよい、一年半としてはよく描けているが、時間をかけて書くともっと普遍的なものになると思うと語って報告を締めくくった。
 参加者からは、よくここまで書けた、身につまされた、映画を観ているような緊張した展開だ、別れた妻の絶望感が迫力と愛情をもって描かれているなど、賞賛の声が相次いだ。
一方で、裁判の場面で被告に対して憎しみで描いていることが気になった、第三者の目で書いた方が、被告の人間性にも迫ることができたのではないか、との意見も出された。
 作者のたなか氏は、「これを書かなければ生きていかれないという思いがあり、他のテーマは考えられなかった」と述べ、三人称での叙述も試みたがうまくゆかず、「私」の方がしっくりするので戻したと、創作の苦心を語ってくれた。
 「軍港」については仙洞田一彦氏が報告。米騒動という出来事が書かれている作品だが、作品の軸がどこにあるか解らないことが問題で、中心となる人物をしっかり据えて書く必要があったのではないかと指摘した。
 参加者からは、意欲的な作品、題材が面白く、よく調べられていて時代の空気が捉えられている、沖仕の女性像がいい、などの評価の反面、登場人物の視点と作者の視点が定まっていないことが気になったと、報告に添った意見が多く出されたほか、遺書の不自然さが指摘され、他の兵士に語らせる書き方だとよかったのではないかという意見もあった。
 作者の牛尾氏は残念ながら出席されず、話を聞くことができず惜しまれたが、初参加の方から、「『民主文学』はすごいところ」という感想もあり、高揚した気分のうちに散会となった。 
(澤田章子) 
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