「作者と読者の会」 2010年3月号 


 
  「作者と読者の会」のあった二月二十六日は開花直後の梅に嵐が来た。そのなかを二人の作者と九名の読者が集い、丹羽郁生氏の司会で『民主文学』三月号掲載の真木和泉作「母の背中」と、さやまみきお作「凍える夏」を合評した。

 「母の背中」について報告者の風見梢太郎氏は、「子が親を選べないという不条理、家族とは何かを考えさせる作品だ。複雑な人間関係を丁寧に描いたのがいい」と評価する一方、「母が嫌い」という出だしに引きずられて読んだ挙句、結末が胸に落ちず、感動が薄れた。主人公と家族の困惑の張本人である父親を描かずして母親の苦労の本質は語れないと思うがと問いかけた。出席者からは、兄弟の母に対する思いや見方の違いを描きつつ、主人公なりの母を描出した。作者が意図したかは判らないが、学問は不要といわれ、自立を奪われた日本女性史のなかに母親を見せていることは重要だ。それが説明でなしに描かれた故に、軽蔑から愛へ逆転する場面が効果を発揮し、主人公の発見が読者の発見と重なり共感を呼ぶ作品となったのではないか、などの意見が出た。作者は「テーマ、題名ともに最初から決め、本腰を入れた最初の作品だ。皆さんの指摘で、母親の一生に対する見方が整理された気がします」と述べた。

 「凍える夏」は仙洞田一彦氏が報告。「誌上初登場といえ冒頭の部分や作者の細かな素材の生かし方に感心した。失業の果てに自殺しようとする若者と、シベリヤ抑留のなかで生きようとした元兵士を出会わせる。だがそれで若者の回生を書こうとした作者の意図が成功したと思えないのは何故か。二人の交流の末に主人公がテロや戦争、自殺が多発する社会までを考えさせているが、社会的に考える人間が果たして自殺の道を選ぶだろうかと疑問が湧いた」と述べた。ホームレス援護に取り組む二人の出席者からは、現実と違い、違和感を持ったという意見。他の出席者からは、温かさのある作品だ、主人公を「男」としているが、老人に姓名を与えているのは何故か。旅先での「出会い」と再生をテーマとする作品は世に多く、この作品もその一つ。二人の不安感の重なりで描いたらどうなるか、などの指摘があった。その後、作品の途中で「視点」が主人公から老人に変わる問題に議論が移った。若者の視点で書くと若者の世界が、老人の視点では老人に見える世界が描かれて読む者は混乱する。若者の生き直しがテーマだろうが、視点の変化のために再生のきっかけとなる老人の存在が弱まったのではないか、など熱い討議が続いた。事実は正確に、もっと人の動きを、などの注文も出た。作者は、「老人の戦時体験と重ねるのは強引かなと思ったが、派遣切りに遭った人の辛さを想像力で書こうとした。次作への意欲が湧いた」と述べた。出席者面々の問い掛け風の発言で、討議がより深くなったと私は思った。 
 
(稲葉喜久子) 
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