「作者と読者の会」 2008年8月号 


 
 七月二十五日、森与志男「永澤セツの場合」(八月号)、野澤昭俊「崖の上」(同)を対象に、風見梢太郎氏の司会で、十名が参加した。
 「永澤セツの場合」について報告者洲浜昌弘氏は、太平洋戦争末期の追い詰められた時代背景の中で、「召集」自体を扱った一編の作品は余り見当らず、テーマからも内容からも、誰かがいつかは書かねばならなかった作品として貴重だと指摘した。その上で、「〜の場合」というネーミングは珍しくないが、七百万枚の召集令状発行という統計数字で一括りにはできない一つの例として、無数の形で存在した庶民の苦難の姿が写し出され、作者の新たな境地も感じられる、深い感銘を与える文学作品として成立したと報告した。
 とくに、息子芳輝に会うために仙台へ向かう列車で乗り合せた闇米運びらしい二人組の親切や、母子で急に泊めてもらうこととなった旅館主夫婦の、自身の息子の戦死をセツに教えないように芳輝に告げた心配りなど、出会う人々のセツに示す温かさが、そういう人たちがあの戦争で苦難を受けたことを胸に迫らせ、作品の大事な部分をなすと指摘した。
 ただ、初回の応召で傷痍軍人となった芳輝が再召集された点や、最初の出征時にレコードが未発売だった「露営の歌」で見送られたという点はやや疑問であると付言があった。

 討論では、感銘を受けたとの感想が一様に述べられた。また、芳輝が自身の障害をなぜ訴えないのかもどかしいという意見が多く出た一方で、芳輝の諦めと無抵抗を含めて戦争の破壊力を感じたという評価も出た。さらに、母親を主人公にその辛い気持ちを書き込んだ点に、作品としての成功の要因があるという指摘などがなされた。
 野澤昭俊「崖の上」について報告者鶴岡征雄氏は、十五枚程度の極めて短い物語の中で教訓的な意味を読者の余韻に委ねて探らせる、味わい深い象徴的作品であり、おそらく朱熹の漢詩「偶成」の代表的解釈に示される「老い」への感慨がテーマであろうと報告した。
 討論では、主題の象徴性について「分らない」「思考が絞れない」という意見もかなり出たが、まさにその読者の読後解釈に委ねるところに妙味があるのではないか、作者の年配に達した者として、女子中学生と老婆との対比において「否定の身ぶりで落ちる」木の葉のように、「色」を通じて示される生の儚さを主題として感じた等の感想も出された。
  
 (松井 活) 
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