「近・現代文学研究会」 第114回(2011年5月)


   ヴェルコール 『海の沈黙』  
 

 五月十九日の近・現代文学研究会は、フランスのレジスタンス運動の中から生まれたヴェルコールの短編『海の沈黙』をテキストにして行なわれた。報告者は瀧田純一氏、司会は岩渕剛氏。
 この作品は登場人物が「私」と姪、それにドイツ軍の若い将校の三人であり、しかも喋っているのは常に将校のみ、という極めて閉鎖的な状況設定となっている。従って「私」と姪の沈黙の意味、将校の弁舌の意図や彼の言動の本質などは、当時の時代背景、ドイツとフランスが置かれていた政治的関係を知らなければ、なかなか分かりづらい作品でもある。
 その点報告者の瀧田氏は、一九三九年の英仏、対独宣戦布告から一九四四年八月のパリ解放までの年表を示し、まず作品の時代背景を詳しく説明した。
 当時は、ヒトラーが戦略的にフランスを分割支配(北部は直接支配、南部は自由地帯…いわゆるヴィシー政府)しており、チェコスロバキアやポーランド占領のための時間稼ぎをしていた時期である。だから作品中の将校の好意的な態度も、「奇妙な戦争」と言われたドイツ政府の懐柔政策を如実に反映した姿として描いていると指摘。
 その上で作品は、主人公と姪が沈黙を貫くことによってナチスの懐柔の掌に乗らない意志を示し、祖国愛と人間性への信頼を静かに、しかも確乎として謳っている。こうした民衆の小さな日常的な抵抗が、やがて世界や歴史をも動かす大きな力に合流してゆく。そこにテーマがある、と解説。さらにこの作品は四一年に計画された秘密出版「深夜叢書」の第一作であること、その後に続くアラゴンやエリュアール、モーリャックやカミュなど、レジスタンス文学運動の状況についても豊富な資料を提示しながら報告した。
 討論では、やはり当時の政治状況についての質問や、モルガンの『人間のしるし』との共通点などレジスタンス文学のことが話題となった。作品については「いつ沈黙が破られるか緊張して読んだ」「題名の海とは何を象徴しているのか」「最後に姪が将校に言葉をかけるが、それは人間愛からか」などが論議され意義深い研究会となった。
 
  (八鍬泰弘)     

「近・現代文学研究会」に戻る