2022年 各地の文学研究集会
 九州文学研究集会開催  

 一昨年から延期・延期を重ねてきた九州文学研究集会を、四月十四日にやっと福岡県福津市の玉乃井旅館の二階を借り切って天気にも恵まれたなかで開催出来ました。  

 コロナ禍が続いている中での開催だったので心配もありましたが、当初の参加申込は二十九人(佐賀十二、福岡七、北九州七、その他三)でした。数日前には二十四人となり、それが当日は二十二名の参加でした。文学会から来て頂いた宮本阿伎講師の講演内容は、「ハンセン病文学と民主主義文学」でした。  

 その話を聞いた会員の中には「何んで今頃ハンセン病問題?」と疑問視する会員もいましたが、講師から全参加者にたくさんの資料を送って頂き、「それを見て講師のハンセン病問題にかける思いに得心した」と言っていました。また別の会員は、「宮本講師が九州に来られたのは二回目になり一回目は大牟田で開かれた時で、その時から『ハンセン病』問題をこんなに長く取り上げられ続けてこられたことに本当に頭が下がる思い」と話していました。また、講演後も「講師からしっかりした長い講演レジメを作ってくれているので、帰ってからもゆっくり復習が出来る」と喜んでいました。  

 今回の取り組みは、文学会から送って頂いた九州の会員名簿から五十六人に第一回目の案内を送りました。郵送費だけで四千円以上使い、福岡県内の人には電話かけなどしましたが、新しい人の参加申込みはありませんでした。やはり支部に所属していない人は、それぞれそれなりの事情があり支部主催の行事に参加させるのは難しいと思いました。  

 前々回から一支部二作迄(主作品と副作品)提出可としたので、合評時間が足りないので主作品は四十五分、副作品は三十五分としました。今回の九州文学研究集会に提出された作品は、それぞれの支部誌に掲載された作品で主作品は、佐賀「電話相談員」水町典子、北九州「復讐の刃」高岡太郎、福岡「胃痛」西垣敏でした。副作品は、佐賀「お母やんと白い猫」白武留康、北九州詩「委ねる」ほか坂本梧朗、福岡「私の神田川」野村貴子でした。十時から十七時迄の時間をフルに使って充実した研究集会になったと思っています。最後に来年の研究集会の取組みを話し合う中でコロナがなければ殆ど皆さん一泊二日の研修が希望ということがよく解りました。
   (高岡太郎)


  北信越文学研究集会開催  

 二〇二二年北信越文学研究集会が、十月二十二日、二十三日の両日、新潟県糸魚川市「ヒスイ王国館」で開かれ、ブロック別文学研究集会としては、三年ぶりの「リアル集会」となりました。講師に宮本阿伎副会長をお呼びして、文芸講演会を企画し、地元上越、糸魚川からの参加者含め二十五名が集いました。

 宮本阿伎さんは、「弾圧の嵐に抗する女性像 ジェンダー平等の視点で読む宮本百合子『乳房』」と題して、講演しました。そのなかで、宮本さんは、「『乳房』は、日本における第一波フェミニズム運動の存在を具現する作品の一つと言えると同時に、女性の政治参加が今日のジェンダー平等の重要な柱だとするならば、それを先駆的に果たしている女性たちの姿を刻印している」と話し、「ジェンダー平等を願い、働き生きる人間たちに寄り添い、弾圧の嵐の中に美しいうたごえを響かせた『乳房』の生命力をより深く味わってほしい」と熱を込めて訴えました。

 集会は、各支部提出の課題作品の合評にうつり、長野支部誌『群峰』四十一号より、林太郎「八面大王異伝」、長野支部誌『ちくま』四十七号から澤藤かずえ「母を看おくる」、上田支部誌『こまゆみ』十一号から、水坂結衣「チャイムが鳴った」、富山支部誌『野の声』から高田力「歯ぎしり」、新潟支部誌『河口』二十五号から五十嵐淳「まず、一歩」を、担当支部から配布された批評文も参考にして、活発な議論が交わされました。助言者の宮本さんからは「現代という時代や状況を書くだけでなく、その中で人物がどう認識し行動したか、人物・人間を描くことにもっと修練してほしい」との話がありました。

 集会二日目の最後、宮本さんから、民主文学会の組織現状と課題について報告があり、読者と会員の減少をなんとしても打破するための手だてをお願いしたいという訴えがありました。

 集会の準備中、コロナ感染症が急激に広がり、心配な事態になるのではと、危惧しましたが、九月に入り一応落ち着いているようなので、予定どおり「リアル集会」を開催いたしました。事前に行った、各支部へのアンケート調査では、圧倒的多数の皆さんから「リアル集会」を望む声が寄せられていました。来年また元気な姿で再会できることを楽しみにしています。
      (縞 重広)

   東京文学研究集会開催  

 第26回「東京文学研究集会」が十月二十九日(土)、板橋区立グリーンホール(全体会・分科会)と隣接する板橋区立文化会館(分科会)で開かれた。午前中は中嶋祥子氏が「『非正規のうた』の連載を終えて」と題した記念講演した。午後は五つの分科会に分かれ各支部から提出された小説十三作品を合評した。分科会後、初の試みとして「支部交流会」も行った。集会の参加者は四十八人。

 冒頭、仙洞田一彦実行委員長は「『民主文学』はかつて運動に関わった人の回顧小説が並ぶといった評もある。『なぜ、いまそれを書くのか』を作者がしっかり捉えなおし、現在どのような意味を持つのかを考えて欲しい。集会で刺激を受け、作品を磨き上げて欲しい」とあいさつした。

 中嶋氏は『民主文学』二〇二二年一〜九月号に掲載された「非正規のうた」の背景となった事件や創作過程、苦心した点などを語った。一九七二年から二〇二〇年までの四十八年間の作者の体験を主人公に反映させた作品。「初めての連載小説であり、創作に入る前に小説全体の『設計図』をつくり、最初から計一万五千字程度を想定。構成を決め、全体を書き上げた上で提出し、修正を加えた」と準備段階に相当のエネルギーを割いたと述べた。

 小説のモチーフとして「職業訓練の教育現場の実情を知ってもらうとともに、勇気を持って非正規職員が声をあげていくことで、成果をあげていく。その過程を感動的に描きたかった」と語った。
分科会で合評された小説作品は次の通り(敬称略)。

▽「名を捨てる」(宮波そら、代々木支部)▽「深層」(街井遊、野猿の会)▽「おすそわけ市」(筑摩静、足立支部)▽「雲間の月明り」(有馬八郎、板橋支部)▽「沖縄の思い出」(森永トウ、渋谷支部)▽「さよならソアラ」(菅谷茂実、多摩東支部)▽「折鶴」(最上裕、電機ペンの会)▽「豚の気持ち」(夢前川広、滔々の会支部)▽「手を挙げて」(朝倉圭、東京南部支部)▽「ビサンキ」(阿部宏忠、野火の会支部)▽「家族の行方」(清水輝美、萌葱支部)▽「ザ・プレスリリース」(石田治、東京東部支部)▽「翔太の手紙」(一條まさみ、町田支部)。    (夢前川広)
  東海地方文学研究集会(オンラインで開催)    

 第三十四回東海地方文学研究集会は十一月五日(土)午前十一時から午後四時半までオンラインにて、開催しました。

 風見梢太郎氏は講演で、「小説を書く上で一番大切なこと―サークル誌委員、編集委員の経験から」と題して、よい小説は「読み手が主人公と一緒に作品世界に入って行けるもの」であり、それを助けるものと妨げるものがあると述べ、場面やテーマの大切さを説明しました。

 四十年小説を書き続けた経験から、「自分の世界を大切にする」。その際、「また同じことを書いている」と言われても恐れない。「繰り返し書いていくことで見えてくるものがある」と述べ、自分の作品批評に関しては「受け止め方を間違うと書けなくなる」から「一喜一憂しない。自分の感性を信じて書くことがよいかもしれない」と作家ならではの、きびしい顔を覗かせた。編集部として「投稿してほしい」と参加者に呼びかけた。

 作品合評は@「糸」丹羽あさみ(岐阜支部)報告岩田登史光、A「おばあさん」井村幸広(浜松支部)報告島田たろう、B「選挙あるある物語」飯降かず(名古屋支部)報告青木重人の三作品で報告は事前に文書で参加者に送信しました。討論は講師の風見氏を含めて、自由に行いました。

 総評の中で、風見氏は「合評の様子がわかった。いろんな読み方がある。作品を通じて知らない世界を知ることができた。勉強できた」と大変謙虚な感想を述べられた。そして文学会の現状を述べられ、「作品を書いてほしい」と強調され、参加者からは「書く意欲がわいた」「参加してよかった」などの感想が出ました。

 参加者は岐阜支部、浜松支部、名古屋支部、個人、講師の十九名。終了後、オンライン交流会を開きました。それぞれ好みのアルコールや飲み物などを持参して和やかな雰囲気で行いました。
              (石川 久) 
  埼玉文学研究集会   
 第二十八回埼玉文学研究集会は、十一月五日(土)桶川市のさいたま文学館で、県内四支部(県南、西部、西北、東部)から十四名の参加で行われた。

 開会にあたり支部連絡会代表の井辺一平氏(県南)が「各支部とも会員の高齢化に伴い様々な事情でやめざるをえない人が増え、早急に対策を考える必要がある」と述べ、課題と対策の共有化を申し合わせた。

 今回は講師に文学会常任幹事の仙洞田一彦氏を迎え約一時間、「主題が明確で感動的な作品をどう創るか」というテーマで、準備された「レジュメ」をもとに実践的な話をしていただいた。参加者は思い当たる節が多いのだろう、頷きながら聞き入っていた。仙洞田氏には引き続き合評にも加わっていただいた。
合評作品の作者と報告者は次の通り。
〇武藤多喜子「寄り添う」(県南)。報告は荒木雅子(東部)。定年後ホームヘルパーとして活躍する主人公、村井千代が現在の介護制度に矛盾を抱えながらも三人の利用者との介護体験や交流の話で、それぞれ異なった性格や生活が生き生きと描写されている。また千代が夫と始めた百名山巡りの話が挿入されていて清々しいが、主題との関連性にひと工夫があればと思う。

〇川村俊雄「白いガーベラ」(西部)。報告は田手川亘(西北)。『民主文学』十一月号から短期連載の「孤独の地図」作者による作品で、十五歳だった「孤独に地図」の主人公・間宮信次がその後どうなったのかと問われて書いたという。内容は数十年たった間宮が、ある日、DVで夫から逃れて路頭に迷う素子と二人の子どもに遭遇し、この家族を救済するという話である。素子と夫の対決や、福祉施設に寄付を続ける謎の人物や、その後の信次の話なども盛り込まれた、心の通い合ったドラマテッィクな作品。

〇笠原武「壁に穴」(西北)。報告は井辺一平。
昭和三十六年頃に繰り広げられた埼玉県教職員組合大会で、社会党支持を明記する大会修正決議案を、共産党の政策と組合の方針に矛盾はなく、政党支持の自由の観点からも、修正決議に反対する発言をし、共感を得て否決するという主人公の教師、真人を中心とした話である。真人が高校時代に体験した横川事件や共産主義に共感していく話などが盛り込まれていて当時の時代を読み解くうえでも興味深い仕立てになっている。

〇大石敏和「長崎・八月九日」(東部)。報告は水村隆之(西部)。昭和二十年八月九日、長崎に投下された原子爆弾の悲劇を、長崎市に家族をもつ二十六歳の若い軍人今崎市郎の視点で、八月七日から十日の間に体験したことをドキュメント風に描いた作品。軍から特命を受けた市郎が原爆投下の瞬間や、その後の長崎市内の悲惨な様子を軍医報告するというストーリーになっている。作者は長崎の親族の手紙などがきっかけに現地取材を行ったり資料をあたり、二年の時間をかけて想像力を駆使してこの小説を書いたという。     (古澤 英二)